第11話 執務室1号と2号

 きったな。

 心の声がだだ漏れてしまいそうなほど、部屋は荒れに荒れていた。紙の資料が執務机の上では収まりきらず、会議用とみられる机、果ては地べたの絨毯の上にまで散らばっている。正面の窓の大きさを見る限りかなりの広さがあるはずなのに、なぜだろう、とても狭く見えてしまう。壁は左右とも本棚で埋め尽くされているが、出したあと直す手間を惜しんだのだろう、開いたままの本が紙と一緒に散乱している。

 こんなところでどうやって仕事を??

 呆れて物も言えないでいると、ナンシーが部屋の奥にある扉の前まで進んだ。そして振り返っていう。

「そしてこの先も、執務室です」

 ん?

 執務室が二つある??

 私の疑問に答えるべく、ナンシーが説明を加える。

「こちらは宰相の執務室なのです。今はジェラルド様の勉強部屋と化しておりますが……。人に邪魔されたくない時や、何か調べ物や勉強をなさる際は、こちらにこもっていらっしゃいました」

 なるほど、人が普段は立ち入らないから、これだけ散らかしているのか。──いや、それでも片付けない理由にはならないが。

 勉強部屋、という視点で見てみると、確かにあちらこちらに散乱しているのは、細かく書き込んである資料や、何やら複雑そうな専門書のようだった。そのうちの一枚を取って見てみる。

 ──オーカーフェン制度について

 先ほど枢密院ノインラートで議題に上がったものだ。そしてその下にはビッシリと内容が書き込まれており、最後に〝代用可能〟と走り書きがされ丸で囲まれている。どうやらこの制度が使えるかどうかを調べていたようだが……それがなんで宰相の部屋に?

 ──嫌な予感がする。いや、まさかそんなはずはない。だって宰相だもの、この国のトップだもの。

 私は胸に湧き上がるザワザワした不安を拭うべく、希望をかけてナンシーに質問する。

「ナンシー、先ほどの枢密院ノインラートでの資料だが……誰が作ったんだ?」

 あの論文のような細かい資料。誰が読むねん、と私が一蹴した資料。

 そして彼女は目を丸くして答えた。さも当然というように。

「もちろん、ジェラルド様です」

 やっぱり!!!

 何で!?という気持ちが心の中で渦巻く。ジェラルドが調べて、ジェラルドが資料を作る?公爵なのに?宰相なのに?国王の代理者なのに!!??

 宰相って、お偉いさんってことだよね!?副市長とかそれぐらいってことだよね!?それなのに自分でするってどういうこと!?

 先ほどのナンシーの言葉を思い出してハッとする。

『──というよりは、人にものを頼んで任せる、ということができない性格なのです。とにかくご自身で何でもされてしまいます』

 つまり──そういうこと。

 私の心中など知らないナンシーは、淡々と次の説明をする。

「そしてこの向こうが王の執務室です。普段はこちらで、公務をなさっています」

 そう言って、その先の部屋へ続く扉へと入っていった。慌てて手に持った紙を元の場所に置き、散乱する書類を踏まないようにして汚い執務室を横切る。ナンシーの後に続いた。

 王の執務室は、さすがに比較的片付けられていた。

 部屋の配置はあまり変わらないが、こちらの方が全体的に広い。大きな窓を背に執務机が置かれており、その前に会議用のテーブル。違うのは、本棚は一方の壁にしかなく、もう一方には絵画が飾られ、その下にソファーが設てあった。

「こちらで少しお待ちください」

 ナンシーが執務机を指してから正面の扉に消える。表の扉の前で待つ役人の相手をしにいったのだろう。指示通り執務机の椅子に腰掛けて悶々としながら待つと、ナンシーがやっと帰ってきた。──大量の書類が積まれた、ワゴンを引いて。

「これらを、明日の朝までにご確認いただきたいとのことでした」

 言葉が、出ない。

 ワゴンの上には、書類が堆く積み上がっているのだ。ナンシーの腰から胸の辺りまで。

 嘘でしょ。これ全部、明日の朝?

 私の表情を読み取ったのか、ナンシーが頷く。容赦のない、仕草だった。

 そして、悟る。

 ……あれ私、前いた世界より仕事することにならない?

 頭に現れては消えていく、キラキラとした数々のフィクションたち。小説、漫画、アニメ。あんな異世界転生はとんだ嘘っぱちだ、所詮はフィクションだ、夢物語だ!!


 やっぱり──こんな異世界転生、きいてないっっ!!

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