第27話 ようやくリスベールへ

「閣下っ!明かりが見えました!」

 雨風を切る音の合間に、微かにニコの声がした。視線を上げると夕闇の中にぼんやりと光が見える。そして次第に光は数を増し、大きな城が聳える町に成った。リスベールの町だ。

 ──やっと着いたか。

 ほっと息を漏らす。

 1時間程前に降り出した雨で、急速に夜が迫り視界は悪くなった。このまま日が完全に落ちると馬で走れなくなる。リスベールまで急ぐか、近くの村で夜を明かすかの決断を迫られ、3人は先を急ぐことを決断した。その判断は間違っていなかったということだ。

 しかし、冷たい雨に打たれ全身は固まっている。早く温まりたい。

 ギルベルトに続いて門を越えて町に入る。城の厩で馬を預け、衛兵と話をつけてきたギルベルトが私たちを連れて城内に入った。そして案内された部屋でタオルと着替えを渡される。これでようやく落ち着けた。

「城主は不在だそうなので、知り合いに頼んで内緒でこの部屋を貸してもらうことになりました」

 ギルベルトがそう告げる。ニコが頭を拭きながら首を傾げた。

「その知り合いさん、バレたら怒られませんか、大丈夫ですか?」

「ええ」ギルベルトが微笑む。疲れた顔ひとつ見せないのは、軍人たる所以か、それともプレイボーイとしてのプライドか。

「よかった!ギルさんがいてくれて助かりましたね、閣下」

「ああ、そうだな」

「むしろ城主がいなくてよかったです」ギルベルトがジェラルドの方を向いて言った。「閣下の面が割れていますので、ここに入れないところでした」

 それはまずい。相手はジェラルドのことを知っていても、私は知らないのだ。顔を合わせれば反応できないだろう。

「そういえばここ、ベッドがふたつしかないのですが……」

 ニコがあたりを見回す。おそらく使用人用の部屋だと思うが、固そうなベッドがふたつに、申し訳程度に机と椅子がワンセットだけ置いてある。

「僕は閣下とギルさん、どっちと一緒に寝ればいいでしょうか。体格的には閣下ですが、さすがに──」

 どっちかと一緒に寝る前提なのか。環境への順応が早すぎる。それにいくらニコの身体がジェラルドとギルベルトより小さいからと言って、男ふたりがシングルベッドで寝るのはだいぶ無理があるぞ。

「それこそご心配なさらず」ギルベルトが笑いながら言う。「ベッドはおふたりで使ってください」

「ギルさんはどうするんですか?」

「俺は知り合いのところに呼び出されているので」

 なんとなく察した。だからさっきから疲れた顔ひとつせず涼しい顔をしているのだ。私はニコが何か言い出す前に口を挟んだ。

「わかった、ありがたく部屋を使わせてもらう。その知り合いにも礼を言っておいてくれ」

 ギルベルトが頷く。

「それから、そいつの元へ行く前に、明日からのことを確認したいんだが──」


 夕食をとりながら、再度ユビドスの町の場所とそこまでの行程を確認し、ジェラルドたちは床に着くことになった。だが、私にはやらなければいけないことがある。

「閣下、まだ寝ないんですか?」

 ニコがベッドの上から声をかけた。

「ああ──眩しいか?」

 燭台の炎を指して言う。電気はないのでもちろん蝋燭だ。

「いえ、僕はどこでも寝ることができるので大丈夫なんですが、閣下もお疲れだろうと思って」

「──そうか、だが心配ない。もう少し資料を確認してから休む」

「それ、僕たちが見つけ出した資料ですか?」

 ニコがベッドから飛び降りて私の手元を覗き込む。机にはグレアムズ城を出る前に、行政官たちに探させた資料を広げていた。資料を探し出すだけではなく、ナンシーの指示によって、出先でも確認できるように必要な箇所をまとめておいてくれたのだ。

「ナンシーさん、女性なのにすごいですよね。僕ら行政官より詳しくて、びっくりしちゃいました」ニコが思い出しながら話す。「指示も的確だったし、閣下が頼りにされるのがよくわかります」

「……そうか」

 自分がすごいと思っている人を、他の人も褒めていると嬉しいのは何故だろう。

「今まで閣下への書類の受け渡しとかだけで、あんまりお話したことなかったけど、帰ったらもっとお話してみたいな……」

「そうだな、そうしてやってくれ。ナンシーも喜ぶ」

 そして私は、ニコの頭に手を置いた。眠そうに目をとろんとさせている。

「もう寝ろ。明日の方が今日より大変な道のりになる」

「はい、閣下」

 ニコが眠たげな声で頷いた。少し笑みがこぼれる。弟ができたみたいだ。

 寝落ちかけたニコをベッドに寝かし、私は机に向かった。

「……よし」

 小さく気合いを入れ、私は資料をめくり始めた。

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