第28話 勉強は夜にやるな朝にやれ。
現地に着くまでに、一通り予習はしておかなければならない。前情報があるのとないのでは、視点が全く異なってくる。意識して観察できるようになる。『見るのと観察するのでは大違い』なのだ。
ユビドスの町はオーギュスト王国の最西端、まさにルル王国の目と鼻の先にある。ユビドス周辺の詳細地図を見ると、町の西側は国境に沿って川が流れており、滝となって南の崖から海に流れ落ちているようだった。北側は森に囲まれており、大きくカーブした川の内側に〝薬草園〟と表記がされている。例の流行病の特効薬になる薬草のことだろう。東にはリスベールまで続く細い街道が海沿いを走っていた。
ユビドスの町は楕円形に広がっていた。中央に立派な教会、その周辺に広場があるのはエンデルの町と同じだ。町の南側、細い路地が入り組み小さい家々が立ち並ぶ中に、一際大きな建物がある。ここに〝カタフラクトス〟と記されていた。傭兵ギルドの拠点だ。
ユビドスの町で活動する傭兵ギルドはカタフラクトスの他にふたつある。しかしそのふたつは大きくなく、どちらもカタフラクトスに対抗できるほどの勢力は持っていない。まさに一強というわけだ。他のギルドと揉めているという情報もないが──。
「……ここは現地で確認した方がいいな」
ニコが聞いたユビドスの情報では、町にギルドの連中がうろついていたという。それなら何かしらのトラブルが起こってもおかしくはない。
その上、カタフラクトスは何かを探していた。そして『じきに見つかる』とも。その後にルル王国軍と衝突したことを考えると、何かを探していて、もしくは見つけたため、国境を超える必要があった、と考えるのが妥当だろう。カタフラクトスが探していたものが何か、突き止める必要がある。
そしてギルドに関してもうひとつ。
傭兵ギルド〝カタフラクトス〟は、ユビドスの町をうろつき、さらに特効薬の護衛の仕事も請け負って、各地に拠点を作り勢力を伸ばしている。しかもエンデルのケプナー兵士長の話によると、大元となる商会──ユビドスの商会が、『ギルドの護衛なしで薬を運ぶのを禁止』しているという。
「──癒着か」
私は暗い部屋でつぶやいた。蝋燭の炎がゆらゆらと揺れる。
つまり、傭兵ギルドと商会の間で何らかの取引──おそらくは金銭的取引があり、商会がギルドを斡旋している、ということだ。しかもご丁寧に商会が傭兵ギルドを雇わざるを得ないようにシナリオまで立ててある。最初は薬草の不作のためといって薬を高騰させ、そのあまりの高さのため荷馬車が襲われるようになる。それを受けて仕方なく、護衛を必ず付けることを条件にする、というシナリオだ。そして護衛に係る経費が薬代に上乗せされ高騰は続き、さらに護衛が必要となる──。しかも護衛の任はカタフラクトスのみ。条件を守っているかどうか監視も可能になる上に、価格競争が起きないから経費は安くならない。
これが私の妄想ではなく、本当にここまで考えられた上での特効薬の高騰、治安の低下の発生なのだとしたら、そいつはなかなかの切れ物ということになる。
そう、誰かがギルドを大きくするため、市場を拡大し資金を集めている。流行病の特効薬を使い、カタフラクトスの後ろ盾となっている。そいつは一体誰だ?そして何のために──?
私は低い天井を仰いだ。だめだ、考え事をすると睡魔に勝てない。そう、今は知識を詰め込むだけ。そもそも薬と今回の事件との関連も定かではないのだ。
疑問を振り切って資料をさらに読み進めていく。
事件の対応にあたっているのはククワ砦だ。早馬で事件の発生をいの一番に伝えてくれたクルトもここの所属。
資料によると、ククワ砦には2部隊──20分隊の総勢120人の兵士が配属されている。つまり1分隊は6人制。援軍を求めた砦からは5分隊が出動してくれるとクルトが話していたので、計算すると30人になる。……少ないな。状況によってはすぐに本軍を動かす心づもりはしておいた方が良さそうだ。
ククワ砦は国境警備も兼ねているため、これでも特別に多い人数が配属されているようだ。特に部隊を束ねる兵士長がふたりと、全体の指揮をとる少佐が常駐する拠点はオーギュスト王国内に他にふたつしかない。それだけ重要な砦であるということだ……。
私はぎゅーっと伸びをした。目が掠れてきてる。そろそろ寝ないと、明日の移動に響きそうだ。
残りふたつの資料をさっさと捲る。ひとつはユビドス周辺のルル王国軍の動きについて。流石に直近の情報はグレアムズ王城には届いていないようだった。こちらも現地で最新の情報を集める必要がある。もうひとつは──。
私は目の前の論文を見て固まった。10ページ弱に渡って文字が埋め尽くされている
……読むしかないか。
覚悟を決めて1ページ目から読み始める。部屋の小さな窓から覗く月は、すでに高くのぼっていた。
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