第29話 夜更かしした朝に限って早く起こされる。

「閣下、失礼します」

 ギルベルトが扉をノックした音で、私は不機嫌に目を覚ました。

 昨夜、睡魔と闘いながら資料を読んだせいで下手に時間をかけてしまった。そのためベッドに潜り込んだのがとても遅かったのだ。朝方読めばよかったと後悔したが、起きれる自信はなかった。

 掠れた声で返事をすると、ギルベルトが部屋に入ってくる。ニコはまだ隣のベッドですやすやと寝ていた。

「出発の時間か?」

「いえ、それには少し早いかと」

 私は使用人部屋の小さな窓を振り返った。まだ微かに星が見える。確かに夜が明けるのには早そうだ。

 じゃあ何で──と思ったが、理由はひとつしかない。

「何かあったか」

 ギルベルトは頷いた。

「男がひとり行き倒れているのを、先ほど見回りの兵士が見つけました。どうやら、ユビドスからの早馬のようです」

 それを聞いて意識が覚醒する。

「──話は聞けるか?」

「直接は難しいですが、情報は手に入れられるよう努力してみます。しかし、それよりも問題が」

「何だ?」

 ユビドスからの早馬以上に、私を起こす理由があるというのだろうか。

 不審な顔をした私に、ギルベルトは苦い顔で告げた。

「ここから西は、砂嵐の影響で進めません」


 ギルベルトがツテを頼りに仕入れてきた情報では、早馬は砂嵐に巻き込まれ、命からがらリスベールまで辿り着いたとのことだった。

「砂で目と喉がやられており、何とか筆談でやり取りをしようと試みていますが、得られた情報は『ルル王国軍と傭兵ギルド〝カタフラクトス〟は膠着状態』ということのみ」

 ギルベルトが使用人部屋でジェラルドとニコに話す。ルル王国軍と衝突したのが〝カタフラクトス〟だと判明し、膠着状態で少し時間に猶予ができたことは貴重な情報だが、被害状況や砦の兵力、肝心の衝突原因の情報が欲しいところではある。しかし。

「その人は大丈夫なんですか?」

 起こされたニコがまだ眠そうな目を瞬かせて尋ねる。

「砂が肺まで入り込んでいなかったおかげで何とか一命は取り留めましたが、目は元に戻るかわかりません」

 ニコが消え入りそうな声で「そうですか……」とつぶやく。

「しかし、無事で済んだのが奇跡でしょう。おそらく砂嵐の直撃を免れたからかと。これからどんどん激しさを増すようなので、砂地をユビドスまで横断するのは命に関わります」

 かと言って、ここに足止めされるわけにはいかない。

「迂回できる道はないのか?」

「あることにはありますが、北から迂回するとなると、プラス3日はかかります」

「それだとあまりにも遅すぎますよね……」

 ニコがううんと頭を抱える。すると、ギルベルトが「そこで、おふたりにご相談です」と言い出した。

「閣下、昨日俺が言ったこと、覚えていらっしゃいますか?」

 そういえば。私は思い出した。エンデルまでの河原で、ギルベルトと道のりを確認した時だ。飛地のように存在するユビドスまで覚悟を決めて進むしかないと言った私に、『頼れる場所がないわけではない』と彼は返した。

「何か案があるのか?」

 ギルベルトが頷いた。そして告げる。

「陸路ではなく、海路を行きます」

 海路。確かに、その手があった。

「しかし、そのために船に乗り込む必要があるのですが──」

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