第26話 エンデルの関所

 エンデルの関所は砦を兼ねており、町を北に出たところにあった。小高い山の斜面を這うようにつくられた町のちょうど頂上に当たる。無骨な石造りの城といった相貌の関所は、山の上から街道とエンデルの町を見下ろしていた。その山肌に反り立つように聳えた北の関所の門の前に、ギルベルトとニコ、そしてジェラルドは馬で辿り着いた。

「近衛部隊第1分隊長ギルベルト・ジュリアス・フッガーです。ケプナー兵士長に取り次ぎ願いたい」

 馬を降りたギルベルトが剣を見せ、門兵に来訪の旨を伝える。対応した門兵が慌てて関所の中へ駆け込んだ。

 オーギュスト王国軍に所属する兵士の剣には自身の所属を示す紋章が刻まれており、それで以って身分を証明することができるようだった。門兵に見せたギルベルトの剣には頭が3つある鳥が翼を広げ、王冠を守護している様子が描かれている。ちなみにジェラルドの剣には本来同じ鳥が王冠を付けた紋章が刻まれているが、今はニコと同じ無印の剣を帯刀していた。

 しばらくすると、遠くから「ギル!」という声が聞こえた。

「久しいな!元気にしていたか?」

 現れたのは軍服姿にスキンヘッドの厳つい顔をした大柄の男だった。ギルベルトと握手を交わす。

「ケプナー兵士長こそ。お変わりないようで」

「ガハハ!そりゃお前に鍛えられてからは楽な仕事よ。お前は何だ、今は近衛部隊の第1分隊長なのか。そろそろフォーガスの野郎から兵士長の座を奪うんじゃねーか」

 豪快に身体を揺らして笑う。喋り方も豪快な人だ。

「どうでしょう。フォーガス兵士長は周囲からの信頼がとても厚いお人ですからね。まだまだ学ばせていただく気でいますよ」

「お前が下にいるんじゃ、あいつも色々とゆっくりはできんな──おっと、客の前だった」

 ケプナー兵士長は私とニコに気づいて、こちらに向き直る。ギルベルトが私たちを王城付の行政官として紹介した。ジェラルドの顔は知らなかったようだ。特段不審に思われることもなく握手を交わす。

「こんなところでは何だ、大したもてなしはできんが、中へ入ってくれ」

 ケプナー兵士長の案内で中へ足を踏み入れる。関所の中は外観と同じ石造りの内装で寒々しいほど簡素だった。要塞として必要なもの以外は全て排除されたような空間で、兵士が警護に当たっているのが見かけられる。

「それで、何でまた行政官ふたりと旅なんかを?」

 関所の一室に通された私たちに椅子を進め、ケプナー兵士長は自身の執務机に腰を降ろして尋ねた。狭い部屋の壁には国の地図と付近の詳細図が貼り付けてあり、簡易な書棚、甲冑と剣が置かれている。

「閣下のご命令を賜って、西のユビドスまで調査に向かうんです!ほら、例の特効薬の件で」

「流行病のか。あれのせいで最近物取りや諍いが多くてかなわん」

 ケプナー兵士長がニコの言葉に眉を顰める。どうやら薬の高騰でかなり治安が悪くなっているようだ。

「商会が商品の護衛として傭兵ギルドを雇いやがって、物騒な奴らも町に入ってきてる」

 ここでも傭兵ギルド。やはり今回の事件と薬の高騰は関係しているのか……?

「ギルドの名前は知っているか?」

 私は口を挟んだ。カモフラージュのために考えた旅の理由だったが、これでは本当に薬の件も調べる必要が出てきそうだ。

「ああ、〝カタフラクトス〟と名乗る、西を拠点にしてる大きな傭兵ギルドだ。詳しくは知らんが、大元の商会がそいつらの護衛なしで薬を運ぶのを禁止していて、今ではあちこちにギルドを構えていやがる」

 ニコが話した傭兵ギルドと同じ名前だ。やはりこの〝カタフラクトス〟がルル王国軍と衝突したギルドで間違いないだろう。

「そういえば」とケプナー兵士長が続ける。「もう耳にしていると思うが、ユビドスで傭兵ギルドがルル王国の国境警備隊と衝突したそうじゃないか」

「ええ、聞いています。それで少しでも情報がほしくてここに寄ったんです。我々の安全にも関わるので」

 ギルベルトの言葉にそういうことか、と兵士長が難しい顔で腕組みをした。その表情から察するに、あまり芳しい回答は得られなさそうだ。予想通り、まだ西からの最新の情報は届いていなかった。

 私たちは礼を述べると部屋を出た。去り際にケプナー兵士長に手紙を渡す。

「閣下への報告書を王城へ届けてくれるか」

 そう言っておけば、ナンシーが受け取ってくれるだろう。ケプナー兵士長は快く了承してくれた。

 関所を出て、馬の面倒を見てくれていた兵士に礼を言う。

「急ぐぞ」

 私は短くギルベルトとニコに告げた。昼はとうに過ぎている。暗くなる前に次の町へ着きたい。

 ふたりが頷くのを見届けて、私は少し手慣れてきた動作で馬の腹を蹴った。

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