第25話 ふたりからの情報

 300フォンで無事に紙とインクを買い終えた私は、外でナンシーへの手紙を書き、急いでギルベルトとニコの元へと戻った。

 しかし、テーブルにはニコしかいない。しかも、さっきまで遠巻きに見ていた客たちと楽しそうに談笑していた。

「あ!閣──ミハイルさん!お帰りなさい!」

 ジェラルドに気づいたニコが元気良く声をかける。

「ああ。ギルベルトはどうした?」

「ギルさんなら、僕が食べ終わった頃にこの店の女の人と裏口から出て行きましたよ。しばらくしたら戻るって言ってました!」

 ……あいつはあいつで、目を離したらこれか。

「そうだ、さっき西の方から来たって人がいたんです!」ニコが目を輝かせた。「ついこないだユビドスの町にも行ったらしくて、色々教えてもらいました!」

 驚いた。この短い時間にどうやったらそんなに仲良くなれるんだ。

「すごいな」自然と感嘆の言葉が出る。「詳しく教えてくれ」

 ニコはもちろんです!と嬉しそうに話し出した。

「ユビドスってオーギュスト王国の西の果てですが、結構大きな町だそうで、というのも、例の薬草が取れるかららしいんですよ」

「薬草というのは、流行病の特効薬か?」

「それです!」

 ニコが聞いた話によると、まちの北側の森に大きな薬草園が何十万㎡にも広がっており、そこで採れた薬草で作られた薬がまずユビドスの町に運び込まれ、そこから市場へ出回るらしい。なるほど、その利鞘で町は発展してきたわけだ。

「ですが今年は薬草の不作で、薬の値段が上がったじゃないですか。それでかなり町が物騒になったって、運び屋のおじさんがぼやいていました。今まで表立って行動してこなかった傭兵ギルドの連中もウヨウヨしてるって」

 傭兵ギルド。ルル王国軍と衝突した連中だ。

「その傭兵ギルドについて、何か言ってなかったか?」

「えと……ギルドの名前は確か〝カタフラクトス〟って言って、最近探し物をしてたらしいって言ってました」

「探し物?」

「はい。7日前にユビドスの町を出たらしいんですけど、ギルドの一員ぽい男たちが、『見つけたか』って話をしていたのを聞いたって。『じきに見つかるはずだ』とも」

 何かを探していた。そしてそれが見つかったから、傭兵ギルドは国境を越えた?

「──…」

 ……考えても無駄か。どちらにしろ情報は足りてない。それに傭兵ギルドが国境を越えた理由は、ユビドスに着いてから直接そいつらに訊けばわかるはずだ。

「あ!ギルさんが戻ってきました」

 ニコの視線の先を辿ると、ギルベルトが裏口の扉を開けて戻ってくるところだった。そして扉の奥の方へと向きを変えて、華奢な腕をとり手の甲にキスをする。

「あのひとが恋人さんなんですかね?」

 ニコが何の気なしに言う。──いちいち気にしていたらキリがないぞ、と心の中で返事をしておいた。

「ミハイル、もう戻っていたんですね」

 ギルベルトがテーブルに着くなり、ジェラルドに声をかける。

「ああ、さっき戻ったところだ」

「何事もなく?」

「──いや、」少し躊躇うが、全て隠す必要もない。私は簡単に薬屋と揉めている町の人間を見たことを話した。少年のことは言わずにおく。

「よくある光景ですね。……実はその薬の件で少しお話ししたいことが」

「どうしたんです?」

 ニコが尋ねる。ギルベルトは少し声のトーンを落として続けた。

「閣下が気にされているようだったので調べてみたんですが──、少々不可解な点があることがわかりました」

「不可解な点?それって何ですか?」

「それが、どうやら薬の値段が高騰しているのは、薬草の不作が原因ではないようです」

 ニコが首を傾げる。私はギルベルトに先を促した。

「はじめは市場に出回る数が少なく値が釣り上がったようですが、現時点での流通量は昨年と変わりません。それなのに値段は高騰したままだと、町の娘たちが話していました」

 それを調べるために、飯屋の娘と出ていたのか。

「何が原因かはわかったのか?」

 ジェラルドの問いにギルベルトは首を振る。

「いえ、そこまでは。ですが、誰かが意図的に値段を高くしている可能性があります」

 流行病の特効薬の異常な値上がり。しかもその薬はユビドスの町から出荷されており、その町で探し物をしている傭兵ギルドが越境し隣国の軍と衝突した。これが全て何の関連もなく偶発的に発生したと言い切るのは難しい。ユビドスの町で、一体何が起こっているのだろうか。

 ふと思考の世界から意識を戻すと、ふたりが私をじっと見ていた。ジェラルドの言葉を待っているのだ。私はふたりに告げる。

「出発の前に、関所に情報が入っていないか確認する。ギルベルト、案内を頼めるか?」

 ギルベルトとニコは大きく頷いた。

「もちろんです」

「じゃあさっそく向かいましょう!僕、馬の準備してきますね!」

「ああ、頼む」

 ふたりを少し頼もしく感じながら、ジェラルド一行は店を後にした。

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