第16話 初期対応はその後の全てを左右する。

 寝巻きから着替え、上着は引っ掴んで部屋をでた。渡り廊下まで来ると、日の出前の寒さが肌を這い、ジェラルドの広い肩に上着をかけた。

「場所は最西の町、ユビドスです。被害の全貌はまだ不明ですが、ルル王国軍の主張ではルル王国側にも死傷者がいるとのこと」

 早歩きで執務室へ向かう私の横を、ナンシーが小走りしながら説明する。

「どうやらユビドスの傭兵組合が国境を越えたことでルル王国軍と揉め、今回の事件へ発展したようです」

 ユビドスといえば、枢密院ノインラートの議題に上がっていた町だ。数日前にも暴動が起きている。

 ──今回の件と何か関係があるのか?

「対応は?」

 南棟の階段をのぼりながら尋ねる。

「西のククワ砦が当たっていますが、現地はかなり混乱しているらしく、数分前に到着した早馬も、事件の発生と申し上げた概要を伝えるのみで詳細は何とも」

「そうか、その早馬はどこにいる?」

 私は執務室を開けるよう、顎で衛兵に指示をした。継ぎの間にはすでに兵士長のフォーガスと数名の行政官、そして二人のメイドが控えていた。

「下の厩で毛布とスープを与えて休ませております」ナンシーが答える。

「そうか、口は聞ける状態か?」「なんとか。連れて参りましょうか」「いや俺が行く。その方が早い。フォーガス!」

「は!」フォーガスが丁寧に敬礼をする。

「早馬のところへ案内してくれ」

「……閣下が直接行かれるので?」

 驚くフォーガスの反応を無視して「そうだ」と返す。「は……了解いたしました」

「それと、」私は傍らの行政官らへ指示を出した。「ユビドス周辺の詳細地図、現地組合の勢力関係、西の砦の組織体制、それとユビドス周辺でのルル王国軍の動きが知りたい。──開けろ」執務室へ繋がる扉を開けさせる。「ある程度の資料はここにある。ナンシー、探すのを手伝ってやれ」

「かしこまりました」

 ナンシーが行政官たちの後に続いて執務室に向かう。思い立ってその後ろ姿に声をかけた。

「先日のユビドスの暴動について、議題にあげるために俺がまとめた情報が落ちて──どこかにあるはずだ。探しといてくれ」

 ナンシーが目を丸くする。何か言いたげだったが、「──わかりました」とそれだけ言うと、パタパタと行政官の後を追った。

 私は残るメイドふたりに向き直った。

「お前たちには、残りの行政官を全員起こしてきて欲しい」ふたりがコクコクと頷く。「今の指示を全員に伝えて、ここにいる行政官と合流させろ。その後、ユビドスまでの──そうだな、3人分の食糧と馬の用意をしてくれ。夜明けと共に出発できるように頼む」

 ふたりはお辞儀をして外へ駆けていく。

「待たせたな、フォーガス」あっけに取られているフォーガスを振り返る。「行こう」

「は!」兵士長はいつもより気合の入った敬礼をして、厩へ歩き出した。


 狭く暗い螺旋階段に差し掛かり、他人からの視線が遮られたのを確認して、私は前を歩くフォーガスに気取られないよう軽く息をついた。

 ここまではナンシーとの打ち合わせ通りだ。着替える短い時間──ふたりきりでいられる時間で、事件の概要を聞く前に、現段階で誰が控えているのかを確認し、行政官へは事件の情報収集にあたらせ、メイドには西へ向かう準備をさせるように指示すると伝えた。

『問題ありません、兵士長はいかがしましょう?』

『……行きながら考える。時間がない、初期対応が遅れると取り返しがつかなくなる』

『それをご理解いただいているなら大丈夫です。ジェラルド様、』服を着た私に、ナンシーが近づいて襟を正した。『……ジェラルド様のご判断を信じます』

 重い言葉だった。

『わかった。だが、もしも検討違いなことをしてこの国を危うくするようなら……』

『もちろんです、その際は遠慮なく意見を述べさせていただきます──』

 行政官とナンシーを一緒にさせたから、私が指示しきれていない部分は彼女がカバーしてくれるだろう。私が直接厩へ行くことには無反応、頼んだ先日の暴動の件は、意図を理解してくれたようだった。

 問題はここからか。

 ナンシーはいない。自分しかいない。

『信じます──』

 信じろ、自分自身と、ジェラルドの直感と。

 ここにいる皆の力を。

「閣下、こちらです」

 フォーガスが厩に続く扉を開けた。

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