第15話 意思決定の後には、必ず面倒な手続きがある。
「……気が早すぎます、ジェラルド様」
「わかってる、言ってみたかっただけだ」
ナンシーをメイド長からジェラルドの秘書官へ。口で言い渡しただけでは変わらないのが現実だ。
「それで?どんな手続きが必要だ?」
「……考えられるだけでもたんまりと」ナンシーが肩をすくめる。「言ってみろ」と偉そうにしてみたが、内心はあんまり面倒なものではないことを祈るばかりだ。
「秘書官という役職は、存在しておりません。そのため新しくポストを作る必要があります」
身構える。「それで?」
「行政官、裁判官、武官、並びにそれに準じる者の役職は、法律により王令で定めると決まっております。この場合、メイド長の役職と同じく準じる者として扱うのが良いかと」
「王令か……」
「はい。そのため議会にかける必要はありませんが、王令の変更になりますので、
またか。今日あったところだわ。
「……次に
「ジェラルド様が召集を決められれば、いつでも開会することができますよ」
そうだった。王か宰相の権限で召集できるのが
しかし、ナンシーの件だけというのは目立ちすぎる。急ぎであげて何か裏があると勘繰られるのも面倒だ。
「それとタイミングが問題か……」
今議題にあげれば、突拍子もないことだと思われるだろう。何かを変えるのにはいつだって理由が必要だ。問題が生じて、解決のために変える。そうした理由があれば人は納得しやすい。自分の感情を落とし込めるのだ。一方、理由がない場合は、自分の感情の落とし所をつけるために理由を探り出さずにはいられなくなる。
「何かきっかけがあればいいんだが……」
ないことはない。ただリスクとどっちを取るか──。
「ジェラルド様……?」
随分と考え込んでしまったようで、不審に思ったナンシーから声がかかる。今考えるのはよそう。
「いや、何でもない。それより他には?」
「はい、」ナンシーが改めていう。「王令での役職の創設に付随して、給金と職務内容の設定を行う必要があります。その給金なのですが──」
「予算がないのか」
「そうです。新たな秘書官への給金は、今期の予算には含まれておりません」
今期だけは予算の中でやりくりするか、それとも追加の予算、つまり補正予算の要求を上げるか──それだと今度は議会を通す必要が出てくる。
「それから、」とナンシーが続ける。「メイド長の役職を失くすわけではないので、代わりのメイド長を選任し、欠員が出たところには新たにメイドを雇い入れる必要があります」
人員の補充も課題か。雇われメイドとはいえ王城に出入りする者だ。身元が保証でき、ある程度の教養を持つ者でなければならない。
「わかった。
ナンシーは驚いたように目を丸くし、そして「もちろんでございます」と頭を下げた。
「よし、では任せる」
「……ジェラルド様に、『任せる』とおっしゃっていただける日が来るとは思いませんでした」
ナンシーが微笑う。
「慣れろ。これからもっとたくさん頼むことになるぞ。もちろん、ナンシー以外にもだ」
「それは一体──」
ぐぐぐ、と伸びをして、私は立ち上がった。
「今の俺では完璧なジェラルドには程遠いからな。それまでは、いろんなやつに助けてもらうしかない。……変なことを言っているか?」
ナンシーの反応がなく声をかけた。ぼうっとしていたのか、ハッと我に返り「いいえ、」と首を振る。「では私は、ジェラルド様が完璧なジェラルド様となるまで、全力でお支えいたします」
私は頷いた。
「では、続きをやるか。随分長く休憩をとってしまったな」
「そうですね。ここからはビシバシ行きます。このままでは本当に朝までかかってしまいますので」
私は執務机に座り直し──ナンシーが差し示した残った報告書の山を見てゲンナリした。気持ちを入れ替えてもゲンナリするものは仕方ない。
「……秘書官兼教育係とした方が良かったかもしれんな」
「あら、私はそのつもりでしたよ、ジェラルド様」
ナンシーのその教育的指導のおかげか、至急の報告書の山は崩れ去り、なんとか空が白む前にはベッドに潜り込めた。
それから数時間後。
「ジェラルド様、失礼いたします」
普段とは違うナンシーの緊迫した声に反応して、意識より先に身体が目覚めた。
目を開けると、天蓋の白いカーテンの向こうはまだ暗い。それでやっと頭が理解する。
──何か大変なことが起こったのだ。
「何事だ?」
そう問うと、ナンシーがベッドサイドで深く頭を垂れた。
「西の隣国、ルル王国との国境沿いにて、王国軍との衝突が発生。複数名の死傷者が出たとのことです」
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