第17話 厩舎にて

 南棟の西塔を1階まで降り、さらに西側へ続く回廊を少し歩いたところにグレアムズ王城の厩舎はあった。シルエットしかわからないが、比較的大きく立派な建物だ。中へ入ると、眠そうにしていた白髪の厩番が慌てて立ち上がった。

「フォーガス兵士長……それと──か、閣下!」厩番は跪いて叫んだ。「こんなところへわざわざいらして……」

「ユビドスからの早馬はどうしてる」フォーガスが厩番の言葉を遮って訊く。

「へえ、あちらで休んでおります。どうも夜通し走り続けた際に怪我を負ったようで」

 案内で奥へ入ると、古びたベッドに一人の若い男が苦しそうな表情で寝そべっていた。栗毛の癖がかった髪は汗と泥で顔にへばりつき、全身は傷と打撲だらけで、左腕の包帯と添え木の隙間から覗く肌は特に青く腫れ上がっている。

「おい、にいちゃ──」厩番が声をかけるのが早いか、彼はベッドから転がり出て傍らの剣を掴み、突然現れた私たちを睨みつけた。厩番が狼狽えて後ろへ下がる。それを避けてフォーガスが前へでた。

「兵士長のフォーガスだ!こちらは──」

 言い終わる前に、私の顔、そして帯刀する剣に目を移した男は地面に膝を付いた。

「閣下……!このような場所までお越しいただくとは──」

「良い」私は遮った。こういう態度を取られると、ジェラルドの位の高さを認識させられてやりにくい。「そのような身体では動くのは辛いだろう。楽にしろ」

「ですが……」不安げにジェラルドを見上げる男に、私は再度頷いてみせた。それを見てようやく男がベッドに座る。私もフォーガスがどこからか持ってきた椅子に腰掛けた。

「名前は?」

「は、ククワ砦第3分隊所属、クルトと申します、閣下」

「そうか、クルト。まずは礼を言う。短時間でよく無事に知らせに来てくれた。今回の功績、覚えておく」

「は……!勿体なきお言葉痛み入ります」また膝をつこうとした彼を手で制する。

「傷が痛むところ申し訳ないが、情報不足でな。同じ話になるかもしれないが聞かせてくれ」気丈に振る舞いながらも、クルトの額にはどんどん脂汗が滲んできていた。それを見遣りながらも尋ねる。「状況はどうなってる?」

「は、事件発覚は昨日未明、ユビドス周辺の国境警備にあたっていた第1分隊と第2分隊から、砦へ知らせが入りました。知らせの内容では、傭兵組合ギルドの一員と思われる数人が国境を超えてルル王国側へ侵入、ルル王国側の住民に危害を加えたとして、ルル王国軍の国境警備隊がこれを殺害、もしくは拘束したとのこと」クルトは一息ついて、額の汗を右腕で拭った。「我々第3分隊が現場へ急行したところ、傭兵ギルドがルル王国軍国境警備隊と衝突したことで現場は混乱を極めており、すぐさま近隣の砦へ援軍を求めるとともに、閣下の元へ報告に参った次第です」

「援軍はどれぐらい集まりそうだ?」

「……おそらく5分隊は出してもらえそうです」

 1分隊にどれだけの人数がいるのか──なんて聞けない。人員の問題は後で考えるとして。

「衝突はギルドとルル王国軍だけか?」

「はい、閣下。……我が砦の隊は近隣住民の避難、場の制圧のみで、直接の攻撃はしないよう指示が出ておりました」

 今ならまだ国同士の衝突は避けられるか。とするとグレアムズ城から軍を動かすのは全面戦争に繋がりかねない。

「拘束もしくは殺害された傭兵ギルドの人間は確認できたのか?」

「いえ、」クルトが首を振る。息がどんどん荒くなってきた。「被害状況は全て、ルル王国軍の主張だけです。証拠は何も……。むしろ、被害の全容を隠したがっている──そんな印象を受けました」

「わかった」私は立ち上がった。彼の顔が蒼白に近くなってきたのだ。それにこれ以上聞き取れることはないだろう。「無理をさせてすまなかったな。ゆっくり休んでくれ」

「閣下……私も何か」クルトが息も絶え絶えに言う。

「今は休め、クルト。回復したらやってもらうことがある。厩番──名はなんと?」

 驚いた厩番が答える。「ザ、ザウです」

「そうか、ザウ。クルトに痛み止めを飲ませてやれ。それと、もうすぐメイドが来ると思うが、体力があってとびきり早い馬を3頭、用意しておいてくれるか」

「か、かしこまりました」

「頼んだぞ。──フォーガス」

「は!」傍らに立ち竦んでいた兵士長が敬礼をする。

「執務室に戻る。お前には腕の立つ兵士をひとり、見繕ってもらいたい」

「かしこまりました……ですが、どうなさるおつもりで?」

 出口へと向かいながら、兵士長に指示を出す。背中からの問いに、私は振り向かず答えた。

「西へ向かう」

 厩舎から出ると、すでに東の空は白み始めていた。

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