第2話 この〝異世界転生〟はご都合主義だけでは罷り通らない。

 どうやら、異世界転生とやらをしてしまったらしい。


「閣下、落ち着かれましたか」

 ナンシーが用意してくれたお茶を一口飲み、私はとりあえず頷いた。聴診器を私の胸──男性の胸板に当てた医者も、満足そうに頷く。

「後頭部のコブ以外は、特に異常は見当たりませんね。おそらく心労が祟ったのでしょう。数週間はご無理なさらずお休みになられたほうが……といいたいところですが、ノンフォーク公にそれをお願いするのは難しいでしょうね」

「お恥ずかしい限りです」ナンシーが俯く。

「とにかく、睡眠と食事だけはしっかりなさってください。貴女も気をつけて差し上げるように。では、わたしはこれで失礼いたします」

 そう言って、診察鞄を持って部屋を後にする。医者が完全に立ち去ったのを見届けてから、ナンシーは恐る恐る口を開いた。

「先ほどの話は、本当なのですか──?」

 医者の来訪で中断される前の話だ。私は彼女に、自分がジェラルドという人間ではないこと、ここではない別の世界の人間であることを話した。夢ではないのか、死後の世界なのか、それとも生まれ変わったのか、はたまたタイムスリップ……?考えうる事柄を真剣に思索した結果、たどり着いた結論が──

「異世界転生──って、そんなことあり得るのですか?」

 私もききたい。フィクションならたんまりお見かけするが。

 だが、あらゆる可能性を排除して、最後に残ったものがたとえどんなに信じがたくても事実なのだ。かの名探偵もそう言っていた。そんなアホなと叫んでしまいたくなるが、異世界転生コレだけが、現状を唯一、何の矛盾もなしに説明してくれるものだ。

 それにしても──。

 私はうううんと唸り出さずにはいられなかった。

 もう少しマシな異世界転生はなかったの!?何で男!伯爵令嬢とかあっただろうよ。異世界ものって読んだことないけど、もっとこう、現実世界とは違って勇者になれたり、姫になれたりして、異世界HAPPY LIFE☆(?)を送れるんじゃないの──!?

「そんな──まさか、だからあの時──」

 ナンシーの動転した声音に我に返ると、彼女は手で口元を押さえ震えていた。一歩、二歩と後ずさる。

「あの、ナンシー……さん?どうかされたのですか」

 思わず声をかけた。今にも倒れそうなほど顔が真っ青だ。

「これがもし、本当なら、大変なことです」

「え?」

「この国が滅びてしまうかもしれません」

 え?滅び?なんで?

 ナンシーはいきなり私の両肩を掴んだ。そして、恐怖に怯えた顔で言う。

「いいですか、このことは絶対に、他の方に漏らしてはいけません。ジェラルド様が倒れられたことも、先ほどの医者には適当な理由を付けて口止めしておきます」

「どうして、」

 そこまで必死になるのか。問い終わる前にナンシーが先を紡ぐ。

「この国、オーギュスト王国は、ジェラルド様が支えられているのです。たったお一人でと言っても過言ではありません。それが、全く違う人間に成り代わってしまったなどということが知られたら……」

 ナンシーは今度は口をつぐんだ。それ以上は口に出せなかったのだ。私の肩から手を離し、震えるその手を握りしめ口元に当てている。

 それって──。私はようやく理解し始めた。事の重大さを。

「私は一体、何者なのですか」

 確認するように、ナンシーに尋ねる。

「ジェラルド様は──この国の宰相であり、まだ幼い陛下に代わって国政を執り仕切る、いわば王の代理者です。つまり、」そして意を決して、口にした。「ジェラルド様を失う事は、我が国の君主を失うことと等しいのです」

 彼女は声が震えぬよう、一言一言を噛み締めるように話した。

「我が国は小さな国です。土地は痩せて貧しく、それ故に兵力もありません。にも関わらず、周囲には強国ばかりがひしめきあっております。宰相であるジェラルド様が不在とわかると、たちまち攻め入られるでしょう。万が一、外敵の侵入を防げたとしても、国内は混乱を極めます。大きな権力を巡って争いが生まれ、どちらにしても沢山の血が流れることは間違いありません」

 さっきまで、異世界LIFE☆などとほざいていた自分を、殴りたくなる。

 私のいた現実世界と同じように、この世界にも、生きて生活している人がいる。食べて寝て働いて、家族や大切な人と時を過ごす大勢の人たちがいる。

 フィクションでも何でもない。

 この世界も、現実なのだ。

「ジェラルド様がおられなければ、この国は滅びます」彼女は強い意志を持った眼で私を見た。「だからたとえお見かけだけだとしても、いていただかなければいけません」

 は?

 思考が停止する。

 それって、つまり──。

「どこのどなたかは存じませんが、あなた様にはジェラルド様として、振る舞っていただきます」

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