第9話 それが些細なものであっても、違和感は無視してはいけない。
「時間がないという理由で説明を省くのは、あまりよろしくないですね。
うぐ、と言葉に詰まる。
「ですが、今回はそれ以外に仕方がなかったのも確かです。内容も知らないあの場で説明をするのは墓穴を掘りかねません。説明の仕方ひとつで承認を得られなくなることもありますから。資料の通り、としてわざと意見しにくい状況を作る。現時点では最善の策でした」
部屋に着くなりどっと疲労が襲ってきて、もうベッドに沈み込むしかなかった。そもそも、疲労で倒れた人間にひどい精神負荷をかけさせて、元気でいられるわけがない。体が重く、頭が痛い。それなのに、脳みそは先程の
「ナンシー、」
「はい、ジェラルド様」
「女性はなぜ、政治の場に参加することを禁じられている?」
ロイス卿からの質問への、的確な答え。おそらくナンシーはこの国のことも、ジェラルドが行う国政のこともよくわかっている。それなのに、女であるということだけで、蚊帳の外にされる。
「向こうの世界でも、昔、同じように女性は政治へ参加できなかった。政治だけじゃない。社会への参加は男性のみが行い、女性は男性を支えるだけでいい。家庭内の世話をし、子を生み、子を育てる。そうあるべきだと言われ続けてきた」枕から少し顔を上げてナンシーを見る。「この世界もそうか?」
ナンシーが驚いた顔をしながら、「はい」と答える。「あちらの世界では、違うのですか?」
「ああ」再び枕へ突っ伏す。「だが、それも最近の話だ」
女性への参政権は19世紀後半、広まったのは20世紀に入ってからだ。それに、日本の政治家の女性割合はまだまだ低い。
ベッドに沈み込みながら考える。
モンデリアル卿が神聖だと言ったあの場で、女であり、知識もない私がジェラルドの皮を被って政治に参加する一方、知識のあるナンシーが政治の場から締め出されるのは、あまりにも滑稽に見えた。そう、単純に考えれば、貴重な人材の半数を減らしているということになる。
……まあ、この世界にどうこう言える立場ではないのだが。
「それと、」
「はい、何でしょう?」
これは些細な違和感だ。だから、本当は言うべきではないのかもしれない。でも。
「あまりにも、すんなりと意見が通り過ぎている」
議題にあげた2件もそうだが、バルド卿が提示した軍事協定を結ぶという案、あれもジェラルドの保留案が何の反対もなしに採用された。
王の代理者という立場であるから当然、というには、あまりにも危うい気がした。わざと意見を言いにくくさせた策が通用した、というよりかは、元々意見が言いにくいということも十分ありうる。
……ジェラルドが完璧すぎるせい?
私ははあ〜とため息をついた。こんなことまで考えてしまっている。ジェラルドが戻るまで、とにかくこの国を支えていくことが目的なのに。
「意見が通るのは、良いことなのではないですか?」
ナンシーが理解できないと言ったようにそう尋ねる。いいことだ、いいことではあるが、そこに何の抵抗力もないのが、気持ち悪いのだ。
……気持ち悪いといえば。
「そういえば、モンデリアル卿はどうした?いやに最後、居心地が悪そうにしていたが」
あの時、後に用事が控えている素振りを見せたが、とにかく次の質問が来る前に終わらせてしまいたかった。それで閉会の言葉をモンデリアル卿に促したところ、妙にたじろいだ様子を見せていたのだ。
「それは、ジェラルド様がモンデリアル卿に『頼む』と申されたからかと」
ナンシーが答える。
「……普通のことじゃないのか?」
「ジェラルド様にとっては、稀なことです。少なくとも私は、指示されることはあっても『頼む』と口にされるジェラルド様は見たことがありません」
まがりになりにも公爵。そして王の代理者。実質この国のトップ。
──所詮は権力者ということか。
「というよりは、人にものを頼んで任せる、ということができない性格なのです。とにかくご自身で何でもされてしまいます。それで出来てしまうのだから、なおタチが悪いというか──」最後の言葉をいい終わる前にナンシーは咳払いで誤魔化した。「──失礼いたしました」
まあでも、わからなくもない。私も自分の仕事を誰かに頼むのは苦手だった。私の場合はそうすることでどんどん自分の首を絞めていったのだが。
「だからお一人で抱えこまれることが多く、倒れられるまで仕事をされてしまう事態になったのです……」
ナンシーがため息をつく。おそらく今までもジェラルドに散々進言してきたのだろう。もはや性格というより病気に近いのかもしれない。
「それで、ジェラルド様。お疲れのところ申し訳ないのですが、その仕事のことで……」
ナンシーがおずおずと言い出す。歯切れの悪い言い方だ。いつもと違う彼女に違和感を覚えて、私はベッドから身を起こした。ナンシーが申し訳なさそうな顔をしている。
「書類をもった役人が、執務室に列をなしております」
その先は、聞きたくなかった。
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