第8話 閉会

 ちょっとナンシーさん!!!!!話が違うんですけど!!!!!!


 当たり前の話だが、私は何も知らない。手にした資料に署名したのも私であって私ではなく、何を議題としてあげたのか、その内容は何か、どういった結論が欲しいのか──私は、何も知らないのだ。

 それなのに説明しろと?今ここで??ジェラルドがあげた議題の内容を???

 そう、だから大声で叫びたい。

 ──こんなの聞いてないッッ!!!!

「……閣下?いかがされました?」

 モンデリアル卿がページを捲る手を止めて訝しむ。はと我に返ると、いつの間にか手に持つ資料にもしわが入っていた。

 だめだ、沈黙は却って怪しまれる。……どうする?

 頭の中に二つ案が思い浮かぶ。どちらもハイリスクでうまくいく保証がない。だが──。

 ちらりと6人に目を向ける。皆、資料をめくり内容に目を走らせている。それならこのアドバンテージを生かすしかない。

 賭けに出る。

「──時間がないため説明は省く。詳細は全てここに書いてある通りだ。質問とがある者はいるか?」

 私は少しアクセントを加えて断然と言い切った。

 目の前に置かれた資料はページ数にして10ページはあり、パラパラめくると文字と図で埋め尽くされている。まるで論文。誰だよこんな資料作ったの、と思わず言いたくなるが、今はそれに救われた。

 そう、事前に読んでいる者はいない。私を含めて全員だ。

 私が来た時、すでに資料が皆の目の前に置かれていたので、遅れてきた数分で目を通されている可能性はあると思ったが、状況を見ているとそんな真面目な人間はいなかったらしい。いつも通りジェラルドが説明してくれると思っていたのだろう。そして投げ出された今、全員が狼狽えて急いで資料を読み進めている。

 手の上がる様子がないのを見て、私は扉の前に控えるフォーガスに目線を送った。気がついた兵士長がすぐさまジェラルドの元へ駆け寄る。顔を近づけたフォーガスに「ナンシーを」とだけ告げると、彼は頷いて小走りに駆けていった。

 とりあえず第一関門は突破。問題は質問と意見。こっちだ。

 円卓に肘を立て、両手を組み合わせる──所謂ゲンドウポーズで全員に目を光らせる。……このポーズを実際にする日がくるとは。

 今回の議題は二つ。ひとつは西のユビドスという町で起きた暴動の報告と首謀者及び共謀者の処分について。ふたつ目は流行病の特効薬の高騰に対する経済的措置について。最初と終わりだけにはさっと目を通して概要は把握したが、中身を説明するにはやはり無理がある。そして、出てくる質問と意見に答えるのも。

 私は扉と円卓を交互に見ていた。どちらが先か。

 うう、じれったい。隣部屋ってそんなに遠いの!?

 そう文句を垂れた時、円卓のほうが動いた。

 七三メガネのロイス卿が、「ひとつよろしいか」と声を上げたのだ。

「特効薬の件ですが、経済措置の手法は何を根拠に実施を?」

 つまり、国が政策を実施するのに何を根拠に動くのか、ということを訊いているのだ。この国に法律や政令があるかはわからないが、王政を敷いているとはいえ、国が実施する政策には根拠が必要。元いた世界と同じく、このオーギュスト王国でも、議会等で承認された法令等の根拠があって初めて、行政は動けるのだ。

 質問の意味は理解できる。だが──その答えは、もちろん、わからない。

 どうする。ごまかしは利かない。

 その時、ちょうど見計らったかのように正面の扉が開いた。

「失礼致します」

 もはや懐かしくすら聞こえるナンシー・ディミティの声が、枢密院ノインラートに響いた。外の光が後光のように彼女を照らしている。まるで救世主だ。

 一同の視線が一斉にナンシーに向く。だが彼女はその視線をものともせずカツカツと歩みを進めて、ジェラルドのそばへ寄った。

「メイド長風情が、神聖な枢密院ノインラートに足を踏み入れるとは何事か!」

 モンデリアル卿が立ち上がって抗議する。先ほどの温和な性格はどこへ行ったのかと驚くほどの声の荒げようだ。──思わず腹が立って口を挟む。

「良い。わたしが呼んだ」

「しかし!」

 まだ噛み付く卿を睨むと、怯んですごすごと座り込んだ。周囲を伺うと、渋い顔はしているが文句のある人間はいないらしい。

「閣下、失礼致します」

 ナンシーが耳元で囁く。

「緊急事態ゆえ、戦時に使用するオーカーフェン制度を利用します。必要な物資を国で買う制度です」

 よかった。外で聞いていてくれたようだ。

「わかった、すぐ行く」

 返事をして、私はロイス卿に向き直った。

「先ほどの質問だが、オーカーフェン制度を使う。通常は戦時の制度だが、今回の案件は緊急性が高い上に、制度の内容とも矛盾が生じない」

 ジェラルドの説明に、ロイス卿は納得して頷いた。

「他に意見がある者は?」呼びかけると反応はなかった。それを見て右手に声をかける。「ではモンデリアル卿、頼む」

「……は、」虚をつかれたのか、モンデリアル卿は少し辿々しい口調で述べた。「全ての議案が承認されました。これで、第……127回、枢密院ノインラートを閉会します」

 危機は、脱したのだ。

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