第40話 要求するだけなんて虫が良すぎる。話して欲しければ、話せ。信頼してほしければ、信頼しろ。

「どういう意味ですか?」

 ククワ砦の第1部隊シラー兵士長が訊き返す。

「傭兵ギルドが国境を越えたことは、我々の第1分隊と第2分隊が目撃しています」

「それは事件のあった明け方の話だろう。最初に国境を越えた時のことを言っている」

「それは──……」

 兵士長は返答に詰まった。つまり、証拠はないのだ。

 私は鉄格子の中の男に向き直った。疑わしげな目で私を睨み上げている。

 この男から真実を訊くにはどうすればいいだろう──。私を信頼して、正直に話してもらうには。

 視線の高さを合わせるため、私は男の前に片膝をついた。彼の鋭い眼光と交錯する。

「……ミハイル・マイアーという。ノンフォーク公爵閣下の命により、今回の事件の対応にあたる王城付きの行政官だ」

 迷った末、自ら名乗ることから始める。そして訊き返した。「名前は?」

 突然の問いかけに男は眉を顰める。しかし、しばらくの沈黙の末、訝しながらも答えてくれた。

「……ホルガー。ホルガー・シェンカー。〝カタフラクトス〟で薬草園の護衛の任務についていた」

 応えに頷く。

「そのことについて訊きたい。閣下は、あくまでも事実に基づいて事件を解決することを望んでいる。私はそのために来た。──話してくれるか?」

 男は逡巡の末、頷いた。

「ギルベルト、水を持っているか?」

「ええ。こちらに」

 ギルベルトから水を受け取ると、ホルガーに渡す。彼はそれを飲み干すと、ポツポツと話し出した。


 ──俺がカタフラクトスに拾われたのは1年ほど前だ。それまではコソ泥まがいの真似をしていた。ただ、ひとつ断っておくと、善人からはひったくらねえってことだけは、信条としていたんだ。

 ある時、カタフラクトスと標的が被った。あいつらは依頼で捕まえようと、俺はそいつからひと稼ぎしようと追いかけていたんだ。それであいつらと鉢合わて、俺を気に入ってくれたボスが、仲間に引き入れてくれた。

 それからたった1年だが、あいつらは俺を心から信頼してくれた。だから俺もあいつらの信頼に応えたくて、必死に仕事をこなしてきた。それでようやくギルドの収入の要である、薬草園の護衛の任務に就かせてもらうことができたんだ。

 俺が薬草園の護衛の任についてからしばらくして、夜中に不審な人影を見たという報告が上がってくるようになった。それ自体は珍しいものでもなんでもねえ。特に特効薬の価格が高騰している今、盗人は後を絶たねえからな。ただ、そいつはやたら身なりがよく、肥え太っていて、コソ泥にしては違和感のあるやつだった。だからみんな目についたんだ。そして事件が起こる数日前の明け方、そいつがついに薬草園に立ち入ったところを俺の班の仲間が見つけた。捕まえようとしたんだが、逃げ足の早いやつだった。見覚えのない顔で、報告通り、高価な服装を身につけていた。そいつを捕らえようと、俺たちはユビドスのまちを探し回ったが、結局見つけられなかった。

 そして──事件が起こった。真夜中、その男が薬草園の研究室で書類や薬品を漁っているのを見つけ、俺たちは今度こそとばかりに捕らえようとした。森の中を国境へ向かって走る男を追いかけ、忠告しても止まらないそいつに俺は剣を抜いた。おそらく手首を切り落としたと思う。男は汚い呻き声を上げながら左腕を押さえ、森を抜けて川──国境を越えた。俺たちは国境手前で立ち止まった。これは間違いねえ。国境越えは重罪だってこと、この辺の人間ならガキでも知っていることだ。だから俺の班は報告のため一度戻ることにし、もう一班は国境を越えた盗人がこちら側へ戻ってくるのを待つことにしたんだ。

 だが、なぜか残った班は国境を越えてルル王国に押し入ったことになっていた。俺たちはそれはおかしいと国境警備隊に直訴したが、あいつらは聞く耳を持たねえ。俺たちと別れた後に一体何があったのか……。警備隊の奴らが嘘をついているのか、それとも本当に国境を越えたのか。ただ、そうなら、絶対にそうせざるを得ない理由があったに違いねえんだ。真相は本人たちに聞くよりない。だから俺たちはあいつらを助けるためにルル王国に侵入しようとした──そこで俺はこの通り、制圧しに来た砦の奴らに捕まったというわけだ。


「……俺たちは、ただの仕事仲間ってだけじゃねえ。友人であり、家族なんだ。だから、俺たちは絶対、捕まったあいつらを見捨てない。それは俺だけじゃなくて、カタフラクトス全員の総意だ」

 ホルガーは話し終えると、肩の荷が降りたようにふっと息をついた。殺気だった気配が和らいだように感じるのは、気のせいじゃないだろう。

「話してくれてありがとう」私は彼に礼を言い、立ち上がった。そして、少し考える。

 前提として、ホルガーの話をすべて信じることにする。と、やはり国境を越えたのは不審な男だけということになるが、ではなぜ国境警備隊がカタフラクトスを捕らえることになったのか。考えられるのは、彼らがギルドを騙し、脅し、挑発して国境を越えさせた。もしくは、単に国境警備隊の嘘。……ルル王国側がカタフラクトスを捕らえたかった?戦争を起こすつもりか?

「シラー兵士長、ルル王国軍に動きは?」

「は、えっと、特に聞いておりません」

 ──違うか。なら、単にカタフラクトスを敵視している?何か因縁でもあるのか?確認の必要があるな。

 そして、国境を越えた男はどうなったのか。捕まった?だとすると、何か警備隊からアクションがあってもいいのに。そもそも、この男は何者?太っていて身なりが良い……。

 ぐるぐる考えて、文字通り頭を抱えた。

 ああ〜!薬草園に防犯カメラがあれば、一発で顔が割れるのに。それか何か痕跡でも残してくれていたら……。

「……それだ」

 私はつぶやいた。

「ミハイルさん、どうかしましたか?」

 ギルベルトが不思議そうに訊く。私は皆の方を振り返って言った。

「現場へ行くぞ」

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駆け出し公務員、異世界でも働く。 ミタヨウ @mitayo-tgm

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