第31話 乗船交渉
洞窟にしわがれた声が反響する。上を見ると、海賊船の中から白髪の老人が私たちを見下ろしていた。
「リーぺ卿のご子息が直々に頼みにきているんだ、話ぐらいは聞いてやってもいいだろう」
そう言って、洞窟にヨッコラセと降りてくる。背が低く、右目につけた眼帯が印象的な人物だ。この人も海賊なのだろうが、もうかなり歳をとっているようで足元が覚束ない。
「……ややこしいのが出てきたな」
ギルベルトが隣でつぶやくのが聞こえた。
「じい!寝てろって言っただろ」
「あんな大声立てられて、おちおち寝ておれるかバカやろう。──久しいな、ギルベルト」
老齢の海賊は剣を収めたイザベラの傍らに立つと、ギルベルトを見遣って懐かしそうに微笑んだ。
「以前お前がやってきた時は会えんかったからな。実に5年ぶりぐらいか。立派になったなぁ」
「ご無沙汰してます、ゼト。まだまだお元気そうで何よりです」
「お陰様でな。それで、お父上の遣いで来たんじゃないんだろう?」ゼトと呼ばれた老爺はギルベルトを挑発するようにニヤリと笑った。「わざわざ俺たちに会いに来たんだ。のっぴきならん理由があると見えるが?」
「……ええ。急ぎ西に向かわなければいけないのです。私たちを船に乗せて、西まで連れていってほしい」
ギルベルトが本題を口にする。イザベラがまた「なんでお前のためにんなことを!」と同じ言葉を繰り返した。しかし、ゼトはにやけ顔のまま答える。
「いいぞ」
「じい!」
イザベラが叫ぶ。ゼトは黙っていろと身振りで制した。
「ただし、もちろんタダってわけにゃいかねえ。俺たちは海賊だ。人から奪いはしても、与えるなんてことはねえ」
ギルベルトは目を細めた。ゼトが告げる。
「お前さんたちは、俺たち海賊に何をくれる?」
どうも立場が悪い。完全に足元を見られている。
こうなると、よほどのことではないかぎり頷いてくれないだろう。例えば──。
「そう言われると思っていました」
ギルベルトがため息をついて、懐から大きく膨らんだ袋を出しふたりに投げた。洞窟の岩の上に投げ出された袋からコインが何枚か顔を覗かせる。金だ。それも、かなり大金と見られる。
しかし、ゼトはそれを見て大声で笑った。
「行きがけの駄賃としては十分だが、それだけなら俺たちはイエスとは言わねえぞ?」
──そう、例えば金程度では、満足してくれなくなるのだ。
ギルベルトが眉を顰める。おそらく金さえ出せば乗せてもらえると思っていたのだろう。それならば交渉の手順を間違ったな。
「望みは?」
私は一歩前へ進み出た。皆の目が一斉に私をむく。この感覚にまだ慣れないが、ビビるな。
「──失礼、そちらは?」
「俺はミハエル。こちらはニコ」
ニコはどうもです、と小さな声で挨拶した。
「オーギュスト城の行政官だ。ギルベルトが言った通り、どうしても西に行かなければならない。だが、我々は見ての通りしがない行政官の身だ。それでもよければ念のため聞こう。そちらの望みは?」
居合わせた海賊たちがお互いの顔を見やる。イザベラも眉間に皺を寄せて目を細める。ゼトだけが、私の顔をまじまじと見て言った。
「行政官、ねえ……。ま、いいだろう。俺たちの望みは──そうだな、でっかい金儲けの話か、血が沸き立つような戦いの話よ。そのどちらか一つでもあれば、乗っけていってやってもいい」
「さっきも言ったが、俺たちの立場で何かしてやれることはない」
「それなら、交渉決裂──」
「だが、」私はゼトの言葉に被せるように言った。「情報なら提供してやれる。それをどう使うかはお前たち次第だ」
「それはどんな情報だ?」
……乗ってきた。私は慎重に言葉を選びながら続けた。
「今、流行病の特効薬が高騰しているのは知っているか?」
「ああ、もちろんだ。俺たちも手を出そうとしたが、西の大きな傭兵ギルドが牛耳っているようで、手が出せん」
「だがそれを、国は良しとしていない。薬は適切な値段で、必要な国民全員に届けなければならない。そう考えている」
「……それで?」
「近々、国が流行病の特効薬を買い取るとしたら、買い取ったあとの市場への流通経路、これを確立しなければいけない」
「……つまり、俺たちがその薬の運び屋になれると?」
「さあ、そこまでは俺の立場ではわからないな」
「何だと貴様、それじゃ話にならんわ!」
イザベラが叫ぶ。それに対し努めて冷静に言う。
「お前たちは海賊なのだろう。ならば海賊らしく、与えられるのではなく奪ってみたらどうだ?」
「何!?」
激昂するイザベラの声とは裏腹に、洞窟にくっくっくっ、と笑い声が響いた。ゼトが身をかがめて笑いを堪えている。
「じい?」
「……面白い、確かにそうだ。海賊ならば海賊らしく、奪ってみせよとそういうことだな。イザベラ、お前たち!」
ゼトは仲間に呼びかけた。
「乗せてやれ、西までその傭兵どもの顔を見に行くぞ」
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