第32話 ギルベルトと海賊
船が波を切って進む音に混じって、海賊たちの陽気な歌声が聞こえる。
私たちは船内に一室をもらい、そこで身を休めることになった。
「申し訳ございません」
部屋に入るなり、ギルベルトが頭を垂れる。
「俺の見込みが甘かったせいです」
確かにその通りだ。金で交渉するならこちらの弱みは握らせてはいけない。他にも当たることができると匂わせて、他所にとられるには惜しいと、少なくともそう思わせなければいけない。
「──彼らの方が上手だったな。それにお前のことを良く知っていた」
「……!」
ギルベルトはおそらく、最悪の場合は父親の名を使って海賊を従わせようと思っていたのだろう。しかし、できることならしたくなかった。プライドがそれを良しとはしなかったのだ。だから金で交渉しようとした。
そういったギルベルトの性格を良く知っていたゼトは、『お父上の遣いで来たんじゃないんだろう』と問いかけ最終手段を奪った上で、ジェラルドたちが他に手段を持たないのを察して交渉のテーブルについた。
「あの方たちとは、どういう御関係なんですか?」
ニコがギルベルトに問う。しばらく答えるべきかと逡巡していたが、迷惑をかけた自責の念からか観念して話出した。
「彼らは俺の父──リーぺ卿の配下の者たちです。元々海賊であったフッガー家は、彼らの中心となり、彼らの支持を得て今の地位を築きました。我々フッガー家を侯爵の地位にまでのし上がらせたのは、彼らの力あってこそのもの。表舞台に立つのがフッガー家だとすれば、この海を裏で支配しているのは彼らです。そして──俺は彼らに育てられた」
「海賊に、ですか?」
ギルベルトは頷いた。
「フッガー家の男子は、彼らとの絆を深めるために幼少期を彼らと過ごすのです。俺も例外ではない」
つまり、ゼトやイザベラは育ての親ということだ。なるほど、良く知っているわけだ。
「でもさっき、ギルさんを殺そうとしてましたよね」
「それだけイザベラは俺に怒っているということです」
「一体何をしたんだ?」
私の質問に、ギルベルトは肩をすくめて答えた。
「俺は何もしてませんよ。ただ、士官学校を終えて帰省した際に、当時ここで下働きをしていた女性と仲良くなったのですが、彼女が捉えていた捕虜を全員逃してしまったのです。そしてその捕虜が火を放ち、船は全焼しました。幸い誰も怪我をしなかったのですが、船も捕虜も失ってイザベラはかなりご立腹でしたね」
「それがどうして、ギルさんのせいになるんです?」
「さあ……わかりませんが、捕らえられた彼女は俺のためだと言ったそうです」
「つまり、その女性を唆したということか?」
「まさか」心外なと言いたげにギルベルトが答えた。「彼女が捕虜の待遇を憐れんでいたので、心優しい人は好きだと話をしただけです。捉えられている捕虜たちの身を案じれば、心が痛いだろう、と」
ギルベルトに心酔していた彼女はその言葉を真に受けて、自分の優しさを証明するために捕虜を逃したのだろう。その結果が彼女の思い通りにならなかったことは分かりきっているが、イザベラや海賊たちの目には、ギルベルトが下働きの女性を誑かして捕虜を逃したうえ、彼らの船を燃やしたように映ったはずだ。
「それでギルさんを殺そうとするなんて、ひどいですね」
ギルベルトの言葉を信じたニコが憐れんだ。素直に頷けない私はしばらくギルベルトの顔を見ていたが──ここで真実を追求しても仕方がない。
「何にしろ、そういった事情があるなら考慮して事前に作戦を立てるべきだったな。任せた俺とニコにも責任があるが、必要な情報は共有しろ」
「申し訳ございません」
再度、ギルベルトが深々と頭を下げる。見かねたニコが慌てて仲裁に入った。
「まあ、今回は無事に船に乗れたんですし、終わりよければすべてよし、ですよ。閣下もそれで良いですよね」
「……そうだな」
私の返事にニコがほっと息をつく。すると、ぐきゅるるると腹の虫が盛大な音を立てた。ニコが恥ずかしそうにお腹をさすって、えへへとはにかむ。
「緊張が解けたらお腹が空いちゃったみたいです。お昼ご飯ってもらえたりするんでしょうか」
私とギルベルトは顔を見合わせた。ギルベルトが苦笑いをする。
「イザベラに頼んでみましょう」
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