第33話 準備は満足するまで

「ったく、何であんたらに飯を用意しなきゃいけないのかね」

 文句を言いながらも、直々にイザベラが食事を持ってきてくれた。

「ほらよ。悪いが王城のような飯はないからね」

 固いパンを投げて寄越す。そして私たちの前にどかっと腰を落とした。

「じい──ゼトから、あんたらに協力しろってお達しだ」

「え、どうしてですか?」

 ニコが驚きの声を上げる。ふん、とイザベラが鼻を鳴らした。

「もちろん、特効薬の利鞘を得るためさ。だが、そのためには現状うまい汁を独り占めしている何とかっていう傭兵ギルドを黙らさなきゃいけねえ」

 イザベラは自分の手元に残ったパンに齧り付く。

「それはあんたらも同じはずだ。……そうだろう?」

 イザベラは私に目線を寄越した。

「さっきも話した通りだ。どう動くかはお前たち次第。……協力してくれるならありがたいがな」

「ふん、いけ好かない役人様だね。ま、いいさ。そういうことで協力してやる。ただ、残念だが、そこにいる裏切り者のギルベルトを含め、あんたらを信用したわけじゃない。そこで情報交換といこうじゃないか」

「──と、いうと?」

「特効薬に関する国の今後の動きとあんたらが西へ急ぐ理由、それらとあたしらが持つ傭兵ギルドの情報を交換したい」

「2対1じゃ割りに合わないな」

「1つは昼食代さ」

 イザベラが齧りかけのパンで私を指す。思わずため息がでた。

「……わかった。じゃあ、まずは特効薬の話からだ」


 昨夜、眠たい目を擦ってジェラルドが書いた〝論文原稿〟に最後まで目を通してよかった──。三人に話しながら心底そう思った。そうでなければ、偽物の私が語れることは何もなかっただろう。事前準備はしすぎて困ることはない。それが役に立たなくても、安心と自信を与えてくれる。本来、それだけで十分なのだ。

 本物のジェラルドが分厚い原稿に記載したのは以下の通りだった。

 ジェラルドたち役人が市場に首を突っ込むためには理屈が必要で、今回その理屈に使うのが、先日枢密院ノインラートでも言葉が出た〝オーカーフェン制度〟だ。通常は戦時に必要な物資を国が掻き集めるためのものだが、イチから制度を整えている時間が惜しまれる今、これを応用し国が直接特効薬を買い取ることで、しかるべき値段で必要とする国民に平等に行き渡らせようと考えている。

 しかし、ここで問題が発生する。通常戦時に使われるこの制度は、あくまでも軍がこれを行うことを想定して作られているということだ。戦時は徴兵により軍が増強されるため人手が足りるが、平時のいま、数少ない職業軍人である彼らを、通常任務を放り出してこの仕事にあたらせるわけにはいかない。つまり、特効薬を流通させるための手を国はいま持っていない。

 そこで、流通経路をどのように確保するかが問題となる。軍が使えないとなると、市場の力を活用するしかない。国費でもって人を雇い入れ運ばせるわけだが、国費を投入する以上、平等性と信頼性を持って人を選ぶ。つまりはより安く、より信用できる業者に手を上げてもらい、競わせ、公正な判断で決定するのだ。国費を投入する先が、意図的に決定されないように。

 だが、それはあくまでも原則だ。前述の通り、スピードが求められるいま、悠長にいわゆる公募──広く募集をかけ審査をして業者を決定──している暇はない。そのような場合は、国が業者を指定して実施する例外が適応できる場合がある。あくまでも例外的な扱いなので、きちんとした理由が求められる。つまり、公募を実施するのに相応しい状況ではないということ、そして国が指定する相手が、選ばれるのに相応しい相手であることを説明できなければいけない。

「つまり、あたしらは国の指定を勝ち取ればいいってわけか」

 イザベラの言葉に頷く。しかし。

「そう簡単にはいかないでしょうね。ギルドが黙っていない」

 ギルベルトが念を押す。それにイザベラが反論した。

「それはあんたらも同じだろう?そもそも、国が商会から直接買い上げられるかどうかにかかってるんだからね」

 痛いところをついてくる。私は黙らざるを得なかった。

 枢密院ノインラートを通し、議会の承認を得たとしても、〝オーカーフェン制度〟を応用した特効薬の買い付けがどこまで実現可能なのかはまた別問題だ。それこそ、商会と傭兵ギルドの関係を推測するに、簡単に商会が国の買い上げを了承してくれるとは限らない。

「あたしらに取って最悪なのは、あんたら国が買い上げの了承と引き換えに流通の指定の約束を傭兵ギルドどもに取り付けられてしまうことだ。そうなれば、あたしらは全くの協力損になる」

「かといって、現時点でそうならない約束はできませんよ。最優先は特効薬が必要な人に行き渡ることです」

 ニコが行政官らしいことを言う。いや、行政官なのだが。

 その言葉に、イザベラがふんと鼻を鳴らした。

「わかってるさ。だからあたしらはあんたらに協力するんだからね」

 リーぺ卿の配下である海賊を、舐めていたわけではもちろんない。乗船交渉の際に、ゼトとのやり取りでそれはもう痛いほどわかったつもりだ。だがゼトだけでなく、イザベラもまたそうであることを私は思い知らされた。伊達に船長の帽子をかぶっているわけではないということだ。

「それで、2つ目の方はどうなんだい?」イザベラが私に目を向けた。「あんたらがあたしら海賊を使ってまで、西に急いでいる理由を教えておくれよ」

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