第34話 軍事力

「今度はそちらの番ですよ。イザベラたちが持つギルドの情報を教えてください」ギルベルトが言う。「お礼がこのパンではあまりにも安い。それぐらい、譲歩いただきたいですね」

 イザベラが最後のパンを口に放り込んでからギルベルトを睨んだが、ひと呼吸おいて「わかったよ」と呟いた。少し考えてから、話し出す。

「……あたしらの持つギルドの情報ってのは、まさにギルドの組織そのものについてだよ。大まかな人数と戦力、何を生業としていて、どことつながりがあって、それからギルドの長が誰なのか、どこにいけば会えるのか」

 ふたりと目線を交わす。それが本当なら、かなり有力な情報だ。私たちの疑惑の目を感じ取ったか、イザベラが付け加える。

「さっき手下どもに、ギルドの名前を聞いてみたら、そいつらと一戦交えたことがあるってやつがいた。確かな情報だよ」

「一戦交えただけで、そんなことまでわかるんですか?」

 ニコが不思議そうに尋ねる。イザベラは不機嫌そうに、胡座をかいた膝に片肘をついた。

「ふん……大きな借りができちまったんだよ。それで、借りを返すためにそいつらのことを調べていたんだ。まさか、こんなところで役に立つとは思ってみなかったがね」

「あんたはギルドと会ったことがあるのか?」

 私はイザベラに訊いてみる。

「いや──やりあったのは手下の船だけだった。あたしらはたくさんの船に分かれて行動している。今日はたまたま、そいつが本船に来ていたんだ。ついてるね。あたしらも、あんたらも」

 イザベラがニヤリと笑う。しかし、すぐに真面目な顔になって言った。

「だが──思っていたより、大きなギルドのようだね。規模だけで言えば、あたしらと同じ程度だ」

「それは……本当ですか?」

 私の隣で壁にもたれて話を聞いていたギルベルトが、勢いよく身を起こして言う。動揺が見てとれた。

「あの……それって具体的にどれぐらいの規模なんですか?」

 ニコが問う。イザベラの代わりにギルベルトが応じた。

「彼ら海賊と同じ規模──、もし本当にそうなら、実態としては我々陸軍と比較しても遜色ない、ということです」

 言葉を飲み込む。

 驚いた。海賊やギルドの規模にではない。軍の規模にだ。

 一体、国ひとつ守るためにどれほどの軍事力が必要なのだろう。私はこのオーギュスト王国だけではなく、隣国の軍事力も知らない。ましてや、元いた世界の規模だってわからない。けれど、この国の軍事力が、ただの海賊や傭兵ギルドと同じ程度の規模しかないことに違和感を禁じ得なかった。

 こんな状態で、よくこの国を守れてきたな……。

 胸中で呟く。ジェラルドの外交政治が優れているのか、少数精鋭の軍隊なのか、はたまた、誰かが影で尽力しているのか。

 私は、数日前の枢密院ノインラートでの出来事を思い出していた。確か、バルド卿が隣国ボバナグロ帝国との軍事協定を提案していた。ギルベルトの父親であるリーぺ卿は反対したが、小男のモース卿は賛成したのを覚えている。

 ──帰城したら、オーギュスト王国の軍事力について、勉強しなきゃいけないな……。

 他にも勉強すべき事がたくさんある。この国について、私はあまりにも無知だ。王城から外に出て、否が応でも実感させられた。制御できないにも関わらず、ナンシーが偽物のジェラルドである私を外へ出すことを許したのも、ひとつはこれが目的かもしれない。

 イザベラが先を続ける。

「規模の話だよ。力はあたしらの方が上さ。どっから湧いてくるのか金だけはあるようで、良い武器は持っているようだが技術が足りないね。やられた手下は不意打ちを受けたそうだ。面と向かってやりあえば、こっちが勝つよ」

 ふん、と鼻を鳴らす。ニコが考えながら訊いた。

「……お金の出所が気になりますね。傭兵ギルドはそんなに儲かるんですか?」

「さあね。ただ、需要はある。ユビドスはルル王国の国境が近い。それだけでこのあたりに渦巻く不安は、あんたらが想像するより大きいものだ。それに加えて、まちの北にある森では貴重な薬草がたくさん採れることでも有名。薬草園の経営者どもが、護衛を雇うのも無理はない話さ。事実、カタフラクトスの傭兵どもも、そこから成り上がってきたらしいね」

「……つまり、カタフラクトスは、特効薬の商会ではなく薬草園と繋がりがあるということか」

 私の言葉にイザベラが頷く。

「そうなるね」

「状況は思っていたよりまずいようですね……」

 ギルベルトが渋い顔で呟いた。

 商会ならまだしも、大元となる薬草園とギルドが取引をしているとなると、その関係を引き離すのはますます困難になる。

 しかし、薬草園を護衛していたギルドが、どうして国境を越える必要がある──?

 真相は、まだ見えてこない。

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