第35話 ギルドの長

 船は西へ向かって進んでいる。船内の狭い一室で、すでに昼食を終えた4人は思うままの場所に腰を落ち着けていた。しかし、表情は固い。

「薬草園かギルドか……接触を図るならどちらでしょう」

 ニコが不安な表情のまま訊く。

「薬草園でしょうね。カタフラクトスではなく、国と取引するように言えば簡単です」

「だが、カタフラクトスをどう説得するんだい?」

 イザベラの質問に、全員が押し黙った。

「……カタフラクトスの長の居場所を知っていると言っていたな。どこにいけば会えるんだ?」

「それは簡単さ。彼はユビドスの教会にいる」

「教会?神父さんか何かなんですか?」

 ニコが尋ねる。イザベラが飄々と答えた。

「彼は半身不随の病人なのさ。元軍人だそうでね、戦場での後遺症らしい。名前はヘニング・ヴァント。教会だから誰でも入れるが、面会を申し込んでもそう簡単には会わせてもらえない。会うためには、幹部の誰かの口添えが必要だ。そして──」

 イザベラが私を見据える。

「幹部の一人を、あんたらに紹介してやってもいい。国があたしらに有利な条件をつけてくれるならね」

「……ギルドに手下を潜り込ませているのか?」

 イザベラはニヤリと笑う。どうやら、海賊に貸しを作るととんでもないことになるらしい。

 ニコを見る。彼は無言で首を縦に振った。適当な理由をつけて条件を設定することなら、できなくもないということだろう。

「……わかった。飲もう」

 イザベラは満足した顔で頷いた。

「さて、今度こそそっちの番だよ。あんたらが急いで西に向かう理由は?」

 部下がギルドにいるなら、そのうち耳に入ることだろう。その部下が巻き込まれている可能性もある。私はイザベラに、越境に端を発する事件について簡単に説明した。


「事件のこと、話してもよかったんでしょうか」

 イザベラが部屋から去った後、ニコが不安そうな目で訊いてきた。

「ギルドに手下がいるなら、遅かれ早かれ知ることになるからね」ギルベルトが代わりに答える。「それより、ユビドスについてからどう行動しますか?」

 彼の質問に、私は頷いて答えた。イザベラの話を聞いた時から、結論は出ていたことだ。

「二手に分かれる。ニコはイザベラたちと一緒にギルドの幹部と接触。ヘニング・ヴァントという彼らのボスに会う算段をつけて来て欲しい。それが終わったら、ユビドスの町でギルドに関する情報を集めてきてくれ」

「えぇ!僕がイザベラさんとですか!?ギルさんの方が適役じゃ……」

 ニコが不安な声を出す。ギルベルトに剣を向けたときのイザベラの剣幕が、まだ脳裏から離れないらしい。確かにあれは強烈だったが。

「俺は砦へ向かう必要があるからね。ククワ砦の少佐とは知り合いだし、話を通しやすい」

 ギルベルトの言葉を聞きながらも、ニコはうるうるとした目で私を見ていた。可哀想だが、容赦なく首を振る。うう、と呻いて「わかりました……」と返事をした。

「怒らせなきゃ、彼女は怖い人じゃないよ。むしろ頼りになる」

 味方であるうちはね、とギルベルトがニコに声をかける。

「それ、フォローになってませんよぉ!」

 とにかく、と私は続けた。

「最優先はルル王国との衝突回避。だが、並行して特効薬の件も調査する。このふたつはどこかで繋がっているはずだ」

 二人は頷いた。

 船はゆっくりと──それでも、確実に西に近づいていた。

 ユビドスまで、あと数時間。

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