第6話 枢密院と6人の面倒なおじさんたち

『頭に叩き込んでくださいませ──』

 ナンシーに説明されたことを思い出す。ジェラルドの私室を出る前、ざっとメンバーを紹介してくれた。円卓に座る6人のメンバーを見る。

『おそらくジェラルド様の左手に座るお方が、バルド侯爵ワルター・ヴィル・アイヒンガー様です』

 さっき話しかけてきた大男だ。癖のある黒髪を撫で付け、黒い髭を顎中に生やしている。気崩した軍服から覗く無骨な身体と焼けた肌は、まさに豪傑といった雰囲気だ。円卓に立て掛けられている大剣は使い古されているものらしく、柄に巻かれた布は汚れているが、よく磨かれた剣は新品同様の輝きを放っている。

 なるほど、と思った。ナンシーの言っていた通り、侮れない人物らしい。

 バルド侯爵家は、もともとオーギュスト王国の東側に位置するカラカン山脈が広がるラーダという地方の諸侯だったそうだ。ラーダは岩山であるカラカン山脈でとれる鉱石を元に、鉄鋼業が栄える都市が点在しており、国の製造業に大きな影響をもつ。それ故、バルド侯爵家は経済界に太いパイプがある。

 それなのに、軍人?

 ふと疑問が頭を掠めたが、右隣の老紳士の声で思考が遮られる。

「議題に入る前に、バルド卿からひとつ提案があるそうです」

 朗らかに告げ、自身の長い鬚を撫でた。ハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リングに出てくる大魔法使いのような人物だ。

 この老紳士は、名をモンデリアル侯爵ルドルフ・へンリー・グナイストという。モンデリアル侯爵家は都市部に所縁があり、古くから政界や教育関係者を多く輩出している名門家だそうだ。特に法曹界にはモンデリアル侯爵家の息がかかったものが多い。モンデリアル卿自身も法曹界出身であり、引退した今は教育者やアドバイザーとして活動している。

 モンデリアル卿に呼ばれたバルド卿が大きな体を揺さぶって席を立った。そして身振り手振りで話しはじめる。どうやら彼は演出家でもあるようだ。

「我が国の軍隊だが、やはり圧倒的に人員が足りんし技術もない。そこでだ、傭兵を雇い入れるか、もしくは外国との軍事条約を結ぶべきだと考えるが、いかがか」

「どこかアテでもあるのか?バルド卿」

 一時の方向から声が上がる。メガネに銀の髪を七三にきっちり分けた、いかにも真面目そうな男だ。これが、ロイス侯爵シルビオ・ネオン・リスト。王国の西側にある広大なピュレー平原の土地の大部分をもつ大地主であるロイス侯爵家は、その土地を小作人に貸すことで莫大な金を得た。そしてそれを融資し始めたことにより、金融業界を牛耳る存在にまでにのしあがった。

 問われたバルド卿は大きく鼻をフンと鳴らして答えた。

「無論、西の大国、ボバナグロ帝国だ」

「それは却下だね」十一時の方向の金髪の男がすぐさま反論する。「ボバナグロ帝国には敵国が多い。軍事協定など結んだら、他国との貿易が立ち行かなくなる」

 長い金髪を掻き上げた彼は、リーぺ侯爵ハンス・ジュリアス・フッガー。彫りの深い顔立ちとブルーの瞳が目立つ。若い頃からモテたそうだが、今でも女好きの名が通っている。リーぺ侯爵家はその血筋を辿ると、オーギュスト王国の南側に点在する島々であるゼナ諸島を拠点としていた海賊に行きつくという。海を縄張りとしていたリーぺ侯爵家は、当時の王侯と強く結びつき、初めは海路、そして次第に陸路にまで拡大し、今では運輸・物流に大きな影響力を持っている。

 そして、九時の方向、リーぺ卿とバルド卿に挟まれて居心地が悪そうに口をひん結んでいる男は、 ナッサウ侯爵トーマス・ヴェルケ・ヒス。今でも若々しい二人と違い、落ち窪んだ目に、さらにその下の酷いクマが見ていられない。腰も曲がり、髪もところどころ薄くなっている。さらに着ている白衣も汚れが目立った。ナッサウ侯爵家は、政・法曹界に名の通るモンデリアル侯爵家に対し、医学界の権威だそうだ。ナッサウ卿自身も医者であり、まだ現役で治療にあたっているという。今にも倒れてしまいそうなこの男に治してもらいたい人間がいるならば、の話だが。

「ボバナグロの軍人なんて暴れるだけが脳のロクでなしじゃ、そんな輩に守られる日が来るならとっとと死んだほうがマシじゃね」

 卑屈そうにヒヒ、と笑う。前歯が一本ないのがわかった。

「閣下はどうお考えなんか?」

 少し訛りのある敬語でジェラルドに話しかけたのは、ナッサウ卿の真向かい、三時の方向に座るモース侯爵ゲオルグ・アーサー・ガウ。机から顔と顎髭しか見えていない。身体が小さいのだ。大きな椅子に座ると、小人のように見える。頭はつるりと禿げているのに、立派な茶色い顎髭だけが前掛けのようにふさふさと生えている。まるでおとぎ話に出てくるドワーフのようだ。モース侯爵家はかつて王国の北に広がるヴァルディック大森林を治めていた。豊かな木々を伐採してきこりとして生計を立てるものが多かったその地域は、やがて建設業を始め、今では不動産業を営んでいる者が多い。それをまとめ上げているのがモース侯爵家だ。

「ちなみに、俺はありなんじゃないかとおもっちょる。この国の軍事力は情けないが十分とは言えねえ。それに頼むんなら大きいとこがいいだろう、抑止力になる」

 皆がそれぞれ考え込んだ。というより、誰かの言葉を待っているのだ。それが誰かは、言うまでもない。

 やがて、モンデリアル卿が例によってストレートの白い顎髭を触りながら言った。

「では閣下、いかがいたしましょう」

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