第5話 視線と女神
「つまり──国政を諮る重要な会議、ということか?」
「その通りでございます」
部屋を出る直前、ナンシーが簡単に説明してくれた。
……気が重い。
「ジェラルド様がうまくコントロールしているとはいえ、今や
私は大きく頷いた。
ナンシーのヘッドキャップを眼前に回廊を進む。階段を降りて、渡り廊下を過ぎ、また階段を登る。
──見られている。
ジェラルドの私室を出た瞬間、神経がピリと震えた。私の──ジェラルドの身体が意識せずとも自然に緊張したのだ。
常に人の視線を引き付ける。
ゾッとした。自室から一歩出るだけで、あらゆる視線に晒され続ける。それは敬愛の眼差しであったり、畏敬の念がこもったものであったり、あるいは──憎悪が混じる視線であったりするのだ。
──こんなものを、一日中浴びて生活しているのか。
視線の元を思わず探りたくなる。キョロキョロとあたりを見回して、誰が私を見ているのか確認したくなる。
「閣下、こちらです」
ナンシーが呼んでくれなかったら、間違いなくそうしていただろう。
「ああ」
低く短く返事をして、一歩ずつ踏み出す。ナンシーが着せてくれたマントがはためき、左腰に帯刀した剣が揺れる。視線はやや低めで彷徨わせず、だが視野は広く持つこと。歩き方は泰然とし威厳を持って。
これもナンシーが出る前に教えてくれた。もし意識しなくてはいけないのならば、呼吸を忘れただろう。ナンシーの助言に従い、ジェラルドの身体に任せると少し楽になった。
「ああ!閣下、お待ちしておりました」
快活な声が真上から降ってきた。顔を上げると、階段を登った先の厳かな観音開きの扉の前で、丸坊主の痩せた男が立っていた。扉の両脇に立つ兵士と同じ格好をしているところから察するに、この人がさっき話していた──
「フォーガス兵士長」
ナンシーが率先して声をかける。私に教えてくれているのだ。
「閣下をお連れいたしました」
「どうもありがとうございます、ナンシー様」
ぺこりと頭を下げると、私に向き直る。
「皆様、すでにお揃いです」
そうして扉を開けるよう、傍の兵士に指示をする。
「それでは閣下、私はこちらで」
ナンシーは深くお辞儀をした。
『私は、
そういう世界。わかってはいるが、同姓として歯がゆい思いが胸に燻る。
私はナンシーに大きく頷くと、フォーガス兵士長の後に続いて、開かれた扉の中に入った。
あの質素なジェラルドの私室と比較すると、城中の大抵の部屋は同じ表現になってしまいそうだが、
その広い部屋の中央に、大きな丸いテーブルが置かれていた。私が部屋に踏み込むと、そこに座る12個の眼が一斉に注がれる。
私は気づかれないように、喉の奥で唾を飲み込んだ。
「失礼致します、ノンフォーク公爵閣下がお着きになられました」
手前で一言挨拶を述べてから、フォーガス兵士長が先導する。
私は無表情を心がけてその後に続き、フォーガスが引いた椅子に腰掛けた。女神を背負う形となる。
「閣下、客人ですかな」
左手に座る、大きな体に立派な顎髭をした男が、ジェラルドに声をかける。遅刻の原因はそれでいいとナンシーから告げられていた。ああ、と短く肯定すると、男は豪快に笑う。
「相変わらず、閣下はお忙しい方ですな!」
「それでは、閣下の時間を無駄にしないよう、早速始めるとしましょうかねぇ」
今度は右手に座る老紳士が、柔らかな口調で告げる。
「これより、第127回、
扉の前に控える二人の書記官が、それを合図にペンをとった。
──始まる。
私は迫り上がって来る腹の底をぐっと押し戻した。
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