第21話 旅程と地図
「今日中にリスベールまで行けば、最短で明日の夜にはユビドスに着きますよ」
数時間ひたすら街道を走り続けた私たちは、馬を休ませる必要もあり、街道を逸れた林の中の河原で朝食をとった。メニューは王城のメイドが持たせてくれたサンドウィッチだ。
「そうか」
一刻も早くユビドスの町につきたい。そうギルベルトに申し出たが、最短で明日の夜。早馬も合わせれば計3日の空白でどこまで事態が動いているのか、道すがら情報を仕入れていかなければならない。向こうの世界なら電話一本、何ならSNSでリアルタイムの情報が得られるのとは、全くわけが違う。もどかしい──。
「焦っても仕方ないですよ、ミハイル」川から上がってきたギルベルトに心の中を見透かされる。「ほら、顔でも洗ったらどうです?気持ちいいですよ」
にこやかに微笑みながら、水が滴る金の髪をかきあげた。いちいち絵になるし、それをわかってやっているからお手上げだ。
「いや、それより道順を確認したい。地図はあるか?」
「ええ」
ギルベルトは腰から地図を出し、近くの切り株の上に広げた。ふたりでそれを覗く。
「今はこの辺りですね」王都グレアムズと書かれたの場所の少し西を指差す。「ここからひたすら真っ直ぐ西へ街道を走り、昼にはエンデルの町、夕方にはリスベールに到着する予定です」
地図。この国の地図をはじめて見た。
オーギュスト王国は歪んだ二等辺三角の形をしていた。北から西にかけて北アルプスを思わせる荘厳な山脈が連なり、その麓には大きな森が広がっている。小男のモース卿縁のヴァルディック大森林はここだろう。東には武人バルド卿縁のカラカン山脈が聳えている。そして三角形の底辺である南には、ギルベルトの父リーぺ卿縁のゼナ諸島が海の上に点在していた。
ギルベルトは三角形の中心よりやや南にある王都から、海沿いを西に指を這わせていった。止まった場所に大きな町がある。そこがリズベールだろう。
「問題はこの後です。ここから西は砂地が多く、休める場所もほとんどありません」
ヴァルディック大森林の南西に広がるピュレー平原のさらに南側を指す。地図上ではそこには何も描かれていない。つまり、大きな町や村はないということになる。空白の地を越えたさらに南西の端に、目的地であるユビドスが飛び地のように書き記されていた。
「覚悟を決めて突っ切るしかないか」
「ええ。……まあ、頼れる場所がないわけでもありませんが」
「……?それは一体──」
何かアテがあるのか尋ねようとした時、
「あ〜!!」と背後から声がした。ニコだ。
「二人とも、ずるいですよ!僕だけ仲間はずれにして何をこそこそ話してるんですか!」
「地図を見ていただけだよ、ニコ。それより──どうしたの、それ」
振り返ると、ニコはとびきりの笑顔で両手に持つ蟹と魚を高々と掲げていた。栗色の癖っ毛から水が滴り、全身びしょ濡れになっている。
「見てください!捕まえました!これで今日のお昼ごはんはバッチリです!」
ギルベルトとジェラルドは顔を見合わせる。そしてギルベルトが申し訳なさそうに言った。
「ニコ、昼食はエンデルの町の店で食べる予定だよ」
「え!?旅といえば自給自足じゃないんですか!?川や海で魚を獲って、山や森で狩りをして」
「うーん。町がない場合はする時もあるけど、今は街道を進んでいるからね」
「そうなんだ〜」ニコがシュンとする。私としては可愛らしいが、ジェラルドがそれを和やかに見守るとは思えない。
「……戻してこい」
ジェラルドに指示されて「はーい」と残念そうに返事をし、ニコはとぼとぼと川に戦利品を戻しに行った。
「可愛らしいですね」
ギルベルトがジェラルドに微笑みかける。
「……同意を求めているのか?」
「そう思っておられるのかと。目がいつもより優しかったので」
……何だかこいつには、いろいろと見透かされている気がする。気をつけないと。
「物珍しいだけだ。俺の周りにニコのような者はいない。お前のように俺の心を量ろうとする奴もな」
「それは失礼しました」
相変わらずヘラヘラと微笑う。食えないやつだ。
どうしても、ギルベルトへの警戒心が上がってしまう。そもそもイケメンというだけで警戒せざるを得ないのだ。関わると碌なことがないと向こうの世界で学んでいる。関係ないところから妬まれ疎まれ大変な目に会う。
「お待たせしました〜!」
ニコが川から戻ってきた。……さらに濡れている気がする。なぜ。
「その服はどうするんだ。着替えを持っているのか?」
「あ、ほんとベチョベチョです!どうしましょう」
ピクニックに来ているんじゃないんだぞ……。
「まあ、今日は天気もいいし、すぐに乾くでしょう。エンデルまで行けば、着替えも用意できます。それより、そろそろ行きましょうか」
ギルベルトの合図で、ジェラルド一行は馬に跨る。ニコの馬はかわいそうに、少し嫌な顔をしているように見えた。
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