第20話 もうひとりの仲間
服着ててよかった〜!
イチャイチャする男女ふたりを見て、まず安堵のため息。R指定の物語じゃないんよこれは。って、なんでそんな心配せなあかんねん。
「よくここがわかりましたね。えーと」金髪の男が少し困り顔で言う。まさかここまで踏み込んでこられるとは思ってなかったのだろう。
「ニコです!こちらはノン──」
「ミハイルだ」被せて名乗る。危ない。一般女性がいるのに、身分は明かせない。
男はジェラルドの顔を見て不思議な顔をしたが、まあいいかと納得して、腕に抱く女性に甘い声をかけた。
「ごめんね、マリア。迎えがきてしまったみたいだ」そして女性を立ち上がらせ、額にキスを落とす。「帰ったらまた会いにいくね」
マリアと呼ばれた女性は渋々頷いて、名残惜しそうに立ち去っていった。それを見送りながら思う。本当にこの男が腕の立つ兵士?西までの旅路が急に心配になる。
と、男は木に立て掛けていた剣を手に取り、ジェラルドの前に跪いた。そしてさっきの甘い声とは打って変わって真剣な声音で告げる。
「ノンフォーク公爵閣下とお見受けいたします。俺はギルベルト・ジュリアス・フッガー。西のユビドスまで、この命かけて閣下をお守りいたします」
ギルベルトと名乗った男は、ジェラルドを真摯な眼で見つめた。急な態度の変化にニコも私も驚く。
「……フォーガスから剣の腕は随一だと聞いている。西のユビドスまでの道もわかると。頼りにしている」
かろうじてそれだけ言うと、ギルベルトは「は」と深く頭を下げた。そして立ち上がって、「じゃ、いきましょうか」と言った。さっきまでの真面目な雰囲気は消え去ってしまい、ヘラヘラと笑っている。
──何なんだこの男は。ニコと顔を見合わせる。彼も肩をすくめて、わかりませんという仕草をした。
「あ、その前に」自身の白い馬の手綱を引いたギルベルトはジェラルドを振り返った。「なぜミハイルとお名乗りに?」
「ああ、それは──」
ジェラルドとしてではなく、行政官のふりをして西へ向かうことになった経緯を説明すると、ギルベルトは「なるほど」と頷いた。
「では、ミハイルと呼んだ方が?」
「そうだな」
「なら俺のことはギルとでも呼んでください、ミハイル」そう言ってにこりとする。
なるほど、この顔と甘い言葉で、先ほどの女性も落ちたのだろう。金髪に青い瞳、高い鼻筋と薄い唇。俗にいうイケメン、というやつだ。その上、物腰柔らかで女性の扱いに慣れていて、白馬を連れた腕の立つ剣士ときた。まさに王子様みたいだ。女性に好かれる要素しか入ってない。
……それにしても、どこかで見たことがある顔のような。
「僕もギルって呼んでもいいですかっ?」手を上げてニコが主張した。
「もちろん、ニコ。君は行政官かい?」
「はい!そうです。よろしくです」そう言って二人は挨拶を交わした。「ところで、さっきの女の人はよかったんですか?」
「ああ、大丈夫。彼女が最後だったから」
最後?最後って何?
何のツッコミも入れず、ニコがよかった〜と胸を撫で下ろす。「恋人さんだったんですよね。僕、よく空気読めないって言われるんで、お邪魔しちゃったかと思った」
「いや、恋人じゃないよ。仲良しなだけ」
「へ、そうなんですか?な〜んだ」
いや待て待て。あの雰囲気で恋人ではないなんてあり得ないだろう。少なくとも相手は絶対に、自分がたった一人だけの恋人だと思ってるぞ!?
私はじっとギルベルトを見た。やはりどこかで会ったことがある。この見た目、女好き、そして──名前。
「ギルベルト、もしかしてリーぺ卿とは血縁関係か?」
問うと、ギルベルトは驚いて、それから眉を顰めた。ヘラヘラしていた表情が一変する。
「……よくわかりましたね。それは父です。俺はその四男」
リーぺ卿は
「しかし、父とはもう何年も会っておりません。閣下と父がどのような関係にあるかはわかりませんが、俺とは無関係と思っていただきたい」
ギルベルトが強い口調で言う。父親であるリーぺ卿との間に何かあるのだろうか。
私が「わかった」と言うと、ギルベルトはすぐに元の表情に戻った。
「じゃ、先を急ぎましょう。西の砦が待ってる」
林を抜け、街道に戻った3人はそれぞれの馬に乗った。
フォーガスが言っていた〝扱いづらいところ〟というのは、女性関係か、それとも家柄か?
私は先導して走り出したギルベルトの背中を見て考えていた。
──いずれにしろ、役者は揃った。
行政官でありながら、お堅い言葉が苦手で空気の読めないニコ・ノイエンアール。
この3人で、最西の町ユビドスまで旅をする。
大丈夫かな──。
胸に燻る不安を吹き飛ばそうと、私は馬の速度を早めた。
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