第25話 ツイストドーナツと司令塔③
それは最初、小さなそよ風から始まった。
東出入口へ向けられた交通監視カメラは、路面に落ちた木の葉が風で流れるのをとらえた。だがそれは、瞬きをするほどの短い時間で、そこからいっきに巨大な竜巻へと成長した。
監視していたカメラまでもが飲み込まれてしまわないか心配するほどにまで強力な風が吹き、大きく発達した竜巻は、付近の看板やゴミ箱を空高くまで巻き上げた。
さらにその竜巻は、地面の物体だけでなく、空中に漂う3000機のドローンをも飲み込み始めた。
制御の利かなくなったドローンは渦の中心へと引き寄せられていき、お互いに体をぶつけ合い、羽が折れ、本体が割れ、火花を上げながら大破し粉々となっていく。
やがて竜巻は、それらのがれきを呑み込み、黒い柱となったところで、役目を終えたかのように自然消滅した。
成功した!
だが喜ぶのはまだ早い。まだ奴が逃げている状態だ。早く奴を見つけ出して、
「SATのみなさん。容疑確保してください!」
警察無線
”こちら特殊急襲部隊SAT。後を付けていた容疑者を確保しました!容疑者確保!”
原課長?!
そうか、SATに奴を獲り逃したフリをしてもらっていたんだな。そのあと、こちらがドローンを無力化するまで奴の後を追ってもらっていた。どこまで手回しが早い人なんだ。
司令塔としてここまで冷静な判断と采配をできる能力は、そう簡単に身に付くようなことじゃないだろうな。
ズンダ:ツブアン許さない。必ずふくsy
SATに抑え込まれながらもメッセージを送ってきやがった。強がりを言っても、この手のテロ事件はおそらく極刑。二度と戻ってこられないだろう。
俺は3年前に犯した罪を背負って生きていかなければいけない。
それに、迷惑をかけた
俺は厄介者のズンダとは違うのだから。
サバイブのメンバーと先生が俺に近寄ってきた。
「みんな、俺のしでかした事がきっかけで、こんな大ごとになってしまって悪かった。ゴメン」
「津部君。ごめんで済んだら警察は、」
「「「いらないよ!」」」
「「「ははははっ!」」」
サバイブがまた一つ大きな事件を解決して、周りの警察職員から自然と沸き起こった拍手で賞賛を受けていた時、もう一人の厄介者が現れた。
「津部杏太郎!たまたまうまくいったからって調子に乗るなよ!お前のような根っこの腐った奴はな、結局最後は一人になるんだ。今だけぬか喜びしておくがいい。ふんっ」
「影平一課長!ぼ、僕たちの仲間を侮辱しないでいただきたい!彼は立派に更生している。彼への侮辱は僕たちへの侮辱でもありますよ!」
「ふんっ。勝手にしろ。そんな小僧に肩入れしていると、じきに痛い目を見るぞ。原5課長」
去っていく影平。手柄を横取りされた腹いせに捨て台詞を吐きにきたのだろう。
原課長が俺をかばってくれてありがたいと思うと同時に、なぜか影平にも感謝の気持ちがあった。あいつからの厳しい視線を常に感じてることで、二度と間違いは犯しちゃいけないと、己を律することができるから。
「穏便主義の原課長が感情的になるなんてめずらしぃ。見直しましたけど。
ところで津部。おまえが3年前にハッキングしたネットカジノってここか?」
角嶋さんがパソコンのモニタを指さしてサイト名を見せてきた。
「ああ、そうだけど?」
「だったら安心しろ。ここは1年前の違法ネットカジノ一斉摘発で閉鎖済みだ。それに、運営していた反社会的組織も組織犯罪対策部が検挙して壊滅したようだ」
「つまり?」
「3億円の窃盗は無かったことになるな。被害届の出ていない事件を追うほど警察は暇じゃないからな。ただ、お前に3億円の収入があったとなると、税務署が黙ってないだろうけど、今となっては裏の取りようもないから大丈夫だとは思うが、いちおう気にかけておけ。
それと、銀行ハック事件は津部が望めば再審で刑が減刑されるかもしれないぞ。考えておけ」
「あ、ありがとう。そこまでやってくれて」
もし、再審ってことになって減刑されれば、この更生プログラムも終わることになるのか?俺はそれを望む?望まない?
こんな簡単な答えをすぐに出せないってことは、望んでいないのかもしれない。もっとみんなといたいのだと感じているのかもしれない。
「一件落着?ご褒美よ杏太郎君。はい、ツイストドーナツ。みなさんもつまんでください」
今日一日色々あった。情けないこと、嬉しいこと、悲しいこと、悔しいこと、安心したこと。それら全てが俺の思い出となって、俺という人格を作り上げる。自分で調べた知識や目の前に見えているだけのものよりも、周りにどんな人がいるかの方が大切な気がした。
この螺旋状にねじられたツイストドーナツのように、ひねくれものだった俺も、素晴らしい人たちと出会えれば、更生はできる。
そして、俺の中にある素晴らしい人リスト、その筆頭が先生だ。
帰り道
先生と並んで、夕日を背に歩道を歩く。
俺は先生からもっと褒めてもらいたくて、聞いた。
「今日はどうだった?」
「杏太郎君、本当にすごかったわ。だって、都民を救ったんだもん。
ただね、娘の身にも危険があると知って、正直正気でいられなかったわ。この身が引き裂かれるようにつらかった。
だからね、家に帰ったらまずは娘がイヤというまで抱きしめて、それからもっと抱きしめるわ」
そうだった。
先生は大切な人を失う悲しさを知っている分、今日みたいなことがあると人一倍恐怖を感じるのだろう。
だからこそ、今いる自分の周りの大切な人たちを全力で愛しているんだ。
俺も、これからは受け身のままじゃだめだ。俺の周りの人たちへ大切だと伝えなきゃ。
そして、他の人とは違うことに気づき始めた、先生への気持ちも。伝えなきゃ。
「ただいまー!」
「ただいま」
ダダダダダッ!
「ママ~。キョン兄ちゃん~。おかえり~
ん、ん、くるちいよ。ママ~♪」
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