第42話 ウエディングと結婚式①

 翌朝


「キョン兄ちゃん起きて~」


 昨日の夜は美佳の胸で泣いた後、そのまま寝てしまった。

 父親が帰ってくると聞いた笑顔全開のくるみが、ハイテンションのまま俺を起こしに来たようだ。

 くるみの笑顔はいつでも俺の心を癒してくれていたのに、なぜだか今日はせつないままだ。


 俺はリビングへ行き、先生ともう一度ゆっくりと話がしたいと思って声を掛けた。

「先生。あのさ、俺、」

「ごめん。話なら今度しよ。今からくるみと美佳と3人で空港へ行くの。その準備で忙しいから」

「ああ」


 亡くなったと思っていた夫と両親が1年ぶりに帰ってくることで忙しくて、俺にかまっている暇はないらしく、冷たくあしらわれた。

 俺が勝手にそう思っているだけなのかもしれない。でも、そんな気がした。


 俺はいつも通りに霞が関へ向かった。出勤する電車の中では『キャラメ諸島の奇跡』として生還者の話題でもちきりだった。

 警察総合庁舎へ入ると、自然と拍手が沸き起こった。皆が俺の方を向いている。どうやら俺のことを賞賛してくれているようだ。

 それでもなぜかうれしくはなく、そのままサバイブまで足早に向かった。


「おはようございます津部君。昨日は大手柄でした。

 早速、我々サバイブのメンバーに警視総監賞の授与が決まりました。

 それから、津部君へも警視総監感謝状が出ることになりましたよ」

「そうか、よかったな。原課長」


「どうした?津部。うれしくないのか?」

「いや、うれしいよ。角嶋さん」


「なんかこう、パーっとお祝いしたい気分ですね。どうです?津部さん」

「そうだな、いいと思うよ。荒木戸さん」


 仲間であるみんなのお祝いムードを壊さないよう、俺なりに精一杯努力して返事した。


 フロアに備え付けられていた情報収取用テレビに人が集まって、ある番組を見ていた。

 俺もそこに目をやると、自衛隊のヘリコプターが空港に降り立つシーンを生中継していた。

 どうやら、飛行機事故の生還者が帰国する様子を放送しているようだ。

 着陸スペースの周りには、マスコミや搭乗者の家族らしき人たちも映っていて、その中に越野家の3人もいた。


 2機の大型移送ヘリが到着すると、リポーターが感動的な家族との再会を実況している。

 先生が、ヘリから降りてきた旦那さんらしき人と抱き合いながら涙を流して喜んでいる。

 しばらくすると、旦那さんがくるみを抱え上げながらインタビューに答えた。


「とにかく搭乗者の皆様の安全と健康を第一に考えてサバイバルをしました。

 何度か食料が切れたり、大きな嵐もありました。でも、全員で協力することによって生き延びることが出来ました。

 本当につらい時もありましたが、その時は、、、そんな時は、、、精神的な支えとして、妻と子供の事を考えて乗り切りました。

 生きて帰って、また強く抱きしめるんだぞと自分に言い聞かせました。そして、それが今、叶いました」


 そのまま機長は先生と見つめ合い、くるみを挟んでまた抱き合った。

 無理だ。これ以上見てられない。俺は目を背けた。


 賞賛の拍手や賞状よりも、俺は先生からの愛が欲しかった。

 この先、先生からの愛は受けられないとわかっても、別に先生の事を好きな感情を捨てる必要はない。片思いのまま思い続けたっていい。


 でも、


 1年で夫の死を乗り越えて、俺に振り向きかけていた先生。

 もしかしたら先生は旦那さんよりも俺の事を選んでくれるのではないかというわずかにあった希望が、画面の向こうにいる先生の、今まで見たことのないくらいの嬉しそうな顔を見て、その幻想は粉々に崩れ去った。

 ここでようやく、これが失恋だと理解し、周りのみんなにバレないよう、


 息を殺して、涙も流さずに、泣いた。


 帰宅


「ただいま」


「おかえりなさ~い。キョン兄ちゃん」

「おかえり。キョン」


 初対面となる先生の夫と両親がいると思って、心の準備をした。

 だが、家にいたのはいつもの3人だけだった。

 忙しそうに夕食の準備をしている先生に聞いた。


「帰国したんだよね?」

「うん。だけど、1週間は検査で病院に入院するの」


 そっけない言葉で返されて、なんだかぎこちない。

 俺が意識しすぎているだけなのかもしれない。俺は続けて美佳が提案してくれた引っ越しの件を聞いた。


「俺、美佳のお店の2階で住まわせてもらおうと思っているんだけど、どうかな?」

「聞いたわ、いいわよ。

 実は、夫の雅則が退院したら結婚式を挙げたいって急に言うものだから、私はその準備で忙しくなるから引っ越しの手伝いはできないけど、書類関係の手続きは私の方でしておく。

 いつでも出て行っていいわよ」


 やっぱり冷たい。俺を避けている?

 俺は先生に『恋人になってもらうことは諦めた』ということを伝えたかったが、今日はこれ以上、先生と会話をするのをやめた。


 6日後


 相変わらず先生は俺とまともに話をしてくれない。

 旦那さんと両親の3人が退院して帰宅する前に、荷物をまとめて引っ越しをすることとした。

 といっても、俺の荷物は段ボール1箱に収まるほど少なかった。

 借りていた旦那さんの服は全て返して、わずかにもらった賃金で新しく服や下着を買った程度だ。

 俺は最後に、出勤初日先生に結んでもらった思い出のネクタイのコブをほどき、たたんで元の位置に返した。

 だけど、俺と先生とのシコリは残ったままなんだけどな。


 そして俺は、段ボールを持って誰にも見送られることなくお世話になった越野家を出た。


 洋菓子店ラポーズー


 今日からここが俺の新しい住まいだ。

 店の前で建物全体を眺めながら心機一転やり直そうと前向きになろうとするも、うまく心が切り替わらない。

 自分の荷物はすべて持ってきたはずなのに、何かを忘れてきたように心が寂しい。


 店に入った。


「いらっしゃい。キョン。いや、『おかえり』が正しいのか?変な感じだな。えへっ。

 2階は好きに使ってくれていいけど、1階のケーキのつまみ食いは許さないぞ!」


 美佳が冗談交じりに笑顔で出迎えてくれた。


「世話になる。それと、、、色々サンキュな。美佳。

 掃除とか力仕事とかあったら言ってくれ。何でもするからさ」


「おう!たのんだぞ居候いそうろう君!」


 美佳に軽く肩を叩かれると同時に、店の扉が開き、一組の老夫婦が入ってきた。


「父さん!母さん!」

「「ただいま。美佳」」


 検査入院を終えた美佳の両親が家に帰る前にこの店へと寄ったようだ。

 この二人が神のお師匠さんか。最近はケーキへの欲は薄れてきていたのに、なぜか二人の作品を早く味わってみたい衝動にかられた。

 いつから復帰するのだろうか。俺はそんなことを考えていた。


「店を続けてくれていたんだね。ありがとう美佳。苦労かけたね、ごめんね美佳」

「苦労なんかしてないよ母さん。二人が残してくれた店の常連さんや、周りの人たちが支えてくれたんだ。だから今日まで守ってこられた。

 検査は問題なかったんだろ?いつから店に出られるのさ?」


「それがのう、美佳。ワシ達はもうこのまま引退することに決めた。このまま美佳がこの店を続けてくれ」

「そんな!まだ早いよ!60歳だろ?」


「洋菓子職人を引退するだけで、仕事は続けるつもりじゃ」

「え?!どうするの?」


「実はな、サバイバル中に寒天の奥深さを知ってしまってな、これから母さんと甘味処を始めようと思っておる。

 生産から提供までをこだわりの寒天で極めてみたいんじゃ。ってことで後は頼んだぞ」


「どうしてもってんなら止めはしないけど、たまにはアタイの味が落ちてないかのチェックに来てくれよな」


 辛い思いをして人生観が変わったのだろう。二人の作るケーキを楽しみにしていたが、美佳のお師匠さんなら寒天もおいしいはずだ。


「もしかして、あなたが私たちを見つけ出してくれた津部君?ありがとうね。ここに住むんだってね?いい男じゃない。

 甘味処がオープンしたら食べに来てね。サービスするから。うふふ」


「あ、ああ」


 パワフルな夫婦だ。その力強さは娘たちに引き継がれているように感じた。

 その後も、冗談と笑い声が絶えずに老夫婦は会話を楽しんで、嵐のように去っていった。


 その日の晩、一人になった。何年ぶりだろうか、一人で夜を明かすなんて。

 布団に入って寝る前に考えた。


 美佳の両親は過酷な状況にいながらも希望を捨てずにサバイブし続けた。

 俺もあの二人を見習って強くなりたい。


 人はいつもどこかでサバイブしているのかもしれない。

 周りの人と協力し、助け合い、生き抜く。

 いつまでも落ち込んでいないで前を向かなければいけない。

 俺は俺の出来ることを精一杯やっていこう。そうすればきっとまた新しく好きな人が出来るはずだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る