第19話 クレープと裏切り①
霞が関の警察庁へ通うようになって数日が経った。
原課長はあいかわらず暑苦しいし、角嶋は尖っている。そしてそんな彼に思いを寄せて見守る荒木戸さんはマイペースだ。
俺はというと、初日に手渡されたぶ厚いマニュアルをちょうど読み終えたところだ。背表紙を閉じたその瞬間、サイバー局のフロア全体に緊急の無線が入電した。
”至急、至急 警視庁から各局 本日9時ごろ警視庁管内において、宅配便業者が運用する配達用のドローン3000機が、コントロール不能となったとの通報あり
これより特別緊急G配備を発令する 警戒せよ”
2025年の今はドローンを使った宅配便の配達が当たり前となりつつある。そんなドローンの操縦が効かなくなったとなると、故障か乗っ取りのどちらかだ。
だが、今の無線でG配備と言っていた。つまりシステムが乗っ取られて、それで悪さをしようとしている奴がいるからゲリラやテロ事案ってことになったのだろう。
確かにここ、サイバー局のフロアがある19階の窓から外を見てみると、不自然に空中で制止したドローンが数機あるのを目視できる。
さすがにこれは俺の出る幕じゃないな。サイバー局の花形である捜査1課が担当するだろう。
「犯行声明がビデオメッセージで警察庁に届きました!前面の大型モニターに映し出します!」
1課が騒がしくなってきた。俺のいる5課は同じフロアであったため、俺もそのモニターを見つめた。
「警察庁でお仕事ごっこをするツブアンこと津部杏太郎へ告ぐヨ。6時間以内に残りの報酬である13億円分の暗号通貨をよこせゼ。さもなければ都内全域が火の海に包まれることとなるゾ。
テレビをつけてみろ、天気予報を流しているチャンネルだピ」
な、何?!俺を指名してきた?!
やはり恐れていたことが起こった。俺のシャベッターアカウント復活によって現れた魑魅魍魎の一体。間違いない。
『ズンダ』の仕業だ。
フロアの大型モニターにはテレビ局の屋上でキャスターが天気予報を生中継している映像が流し出された。
「今日の日中は快晴ですが、所により、強風に注意してくだ、、、」
バーン!
「きゃー!!」
画面上に突如現れたドローンが爆発した?!キャスターにケガはなかったようだ。
ドローンには配送業者のロゴマークが入っていた。おそらく乗っ取られてたものだろう。あれには爆発物を積んでいる様子は無かった。バッテリーへ高負荷をかけて暴発させたのかもしれない。もしあれがガソリンスタンドや発電施設で爆発したのなら、確かに都内が火の海になってしまうだろう。それだけじゃない。空港、鉄道、高速道路、国の重要施設。全てを標的にして、都民を人質に取った!
クソッ!ズンダの野郎め、逆恨みでこんな事しやがって。
「おいおいおい!どうなっている?津部杏太郎!」
出やがった。
「犯人がお前の名前を呼んでいたぞ。更生プログラムでお前が警察庁にいるということは、一部の人間しか知らないはずだぞ?それに13億円って何のことだ?きっちり説明してみろ!」
「おーい!影平君ー!こっちへきて説明してくれんか?この事態を」
「ハイ!ただいま伺います局長!」
「いいか津部杏太郎!何もするなよ!5課の連中もだ!これは1課が解決するからな!」
あいかわらずヤな野郎だ。あんな奴の手に負える相手じゃねぇぞ。俺が出会ってきた中で最もやべぇ奴だからな、ズンダって野郎は。
ちょうどそこに、週一回俺の様子を見にきている先生が顔を出した。
原課長はいつもなら先生の存在に気づくと真っ先に寄って行くが、今日は俺の所に来た。
「津部君。事情を説明してもらえるかい?」
「悪いが、これは俺の問題だ。みんなには迷惑をかけて悪かった。ここを辞めて俺が一人で解決する。それじゃあ」
相手が悪い。ズンダは話し合いで解決するような奴じゃない。俺一人が消えれば済む問題だ。何とか金を作って奴に渡すか、奴を潰すか。その後にまた少年院に戻ればいい。俺一人が全てを背負えばそれでいい。みんなを巻き込んじゃいけないんだ。こんないい人たちを。
俺は歩いてその場を去ろうとした時だった。
「待ちなさい!杏太郎君!」
先生、、、
「あなたはこのプログラムを受けると決めた時から、最後までやり遂げる責任があるの!ここで投げ出したら、また元の自分に戻ってしまうのよ!だから、ね。
ほら、美佳が作ってくれたツイストドーナツを持ってきたわ。みんなで一緒に食べて一旦落ち着きましょ」
「もう子供扱いはやめてくれ!これが解決したら、少年院に戻るからさ」
ごめん、先生。
俺は走った。
「杏太郎君!」
先生が俺を呼び止めたが、それを無視して、
走った。
警察総合庁舎を抜け出して
街を全力で、
走った。
皇居ランナーの走る方向とは反対に
逆らうように
走った。
俺には
こんなルールを無視した
生き方が
お似合いなんだ。
ただただ全力で
走った。
元の俺に戻るだけだ、
何も悔しいことなんて無い。
こんなものを着けて、
一人前になったつもりでいた、
そのネクタイを外しながら、
ただただ全力で
走った。
体力の限界まで走り、後ろから誰にも追われていないことを確認して、公園の木陰に隠れた。そこで上がった息を整えながら、これからのことを考えようとした時だった。
「はぁはぁ。さすが若いと早いですね。でも、僕も負けていませんよ」
原課長?!どうして居場所が?そうか、警察のスマホを持ったままだった。
「ほら、返しておくよ。これのGPSで追ってきたんだろ?」
「さっすが津部君ですね。君の居場所を探し当てた理由をすぐに当ててしまうなんて。しかしそれを返すのは、まだあと11か月も先ですよ。さあ戻りましょう。みんなが待っています」
「さっきも言ったように、これは俺一人の、」
「違いますよ!もう津部君は一人じゃない。僕たちの仲間です!もっと頼っていいんですよ。僕たちは絶対に君を見捨てたりなんかしません。
お世話になっている越野さんのご家族ともいい関係を築けているんですよね。ここまで積み上げた君の信用を自らの手で崩すこと無いんですよ。
過去の事を知っても、みんなは君の事を嫌いになったりはしません。今の君は信用できる一人の人間だから。
見てください、この不気味な空を。ドローンが空中で静止して僕たちの生活を脅かしています。テクノロジーが発達して便利になったと同時に、正しく使うことができないとこんなことになってしまう。それを正すのが僕たちの使命です。君の使命なんです!
まだ逃げますか?いいですよ。監視カメラから航空隊のヘリコプターまで警察の力をフルに活用して君を探し出してサバイブへ引き戻して見せますから。
さぁ!」
つい数日前まで俺自身も、ネットの海を漂う魑魅魍魎の一体であると自覚していた。だが、今は違う。胸を張って言える。俺はこの現実世界に大切にしたい人たちがいる。俺は化け物なんかじゃない。
俺の中にある知らない感情が湯水のように湧き出てくる。いや、眠っていただけだったようだ。やがてその水は瞳の表面にまで達してあふれ出た。
「仲間、家族、やっぱ、俺、まだ、みんなと、いたいよ、課長」
差し出してくれた原課長の手を、俺は握らせてもらった。
なんて大きくてあたたかい手だ。
俺もこんな手の持ち主になりたい。
サバイブへ戻ってきた。
G配備が発令されたままのこんな緊迫した状況の中で逃げ出した俺は、どんな顔をしていいか分からずにいると、原課長がみんなに言った。
「みんな、すまんすまん。難事件を前に、津部君とジョギングで頭をリフレッシュしてきました。サイバー局長からは、全職員で事件解決に臨むようにと指示が出ました。影平1課長とは別路線で事件を追いましょう。
まずは、津部君から何か言いたいことがあればお願いします」
「みんなごめん。それから先生、」
「私の事はいいから、ほら、進めて」
「あ、ああ。
今起きている事件に向き合うためにはまず、3年前の事件についての真相を話さなければいけない。
俺が捕まった時に自供して作成された事件調書の内容と、実際に起きたこととは、ある理由で大きくかけ離れているんだ。
この話をすることによって生じる影響やみんなへの迷惑は多々あるかと思うが、それを承知で話す。どうか最後まで聞いてほしい。
全て俺一人で計画・実行して、捕まった後に全額返金したということになっているこの、
『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます