第27話 ミルフィーユと告白②

 ホテルのケーキバイキング中に偶然会った角嶋さん。何やらパティシエの美佳に相談があるようだ。


「じ、実はですね。同僚に甘いものが好きな女性がいましてですね。

 その方をここにお誘いしようと思っているのですが、プロの目から見てここのお味はどうかと、ご評価をいただけますか?なにぶん、自分はパソコンしか取り柄がないものでして、こういったことにうといものでして、はい」


「そういうことね。ここはいい所よ。種類も豊富だし。見た目だって綺麗。

 でも、メイちゃんはバウムクーヘンを地層みたいだから好きって言ってたから、デートに誘うならここよりもいい所があると思うの」


「なるほど。荒木戸メイ係長は甘いものが好きなんじゃなくて、地層がお好きなんですね。メモメモ。

 ・・・って!え!ど、どうして自分が荒木戸係長をお誘いしようとしているなんてわかったんですか?」


「だってこの前、メイちゃんがお店に来てくれた時にお友達になったんだもん。それにキョンと同じ課には女性は一人しかいないって聞いてたから、たぶんそうかなって」


 そういうことだったのか。角嶋さんはいつもクールに、すました顔をしていたが、荒木戸さんの事を、、、って。確か荒木戸さんも角嶋さんの事を好きって言ってなかかったか?

 ってことは両想い?あーめんどくせぇ。関わりたくない案件だよ。でも、一言言ってやりてぇ。


「角嶋さんよぉ。そもそも甘いもの好きな人をケーキバイキングなんかに誘おうなんて安易すぎやしないか?そんなの下心見え見えで、誘われた方は引いちまうぞ」

「う、うるせー!」


 あー言ってやった。先輩だろうが両思いだろうがこういうのはビシッと言ってやらねーとな。

 あれ?美佳の顔が赤くなって沸騰しているみたいだぞ?どうした?熱でもあるのか?


「じゃあ、話も終わった事だし、ケーキバイキングに戻ろうか、みんな」

「ちょっと待てキョン!おまえの先輩が恋の相談をしてきたんだぞ。力になって差し上げようじゃないか」


 美佳よ、この二人は両思いだから放っておいても、いずれはくっつく運命なんだ。変に話をややこしくする必要はないんだ。めんどくさいから言ってしまおうか?

 いや、これは逆に黙っておいて二人を泳がせて、それを見て楽しむって手もあるな。うん、そうしよう。


「よし!今からアタイの店に来てよ。今日は休みだから、厨房が開いているんだ。角嶋さんがメイちゃんに地層ケーキを作ってプレゼントしてあげるんだ。

 いつもはパソコンをポチポチしている人が、急に手作りケーキをプレゼントして来たら、ギャップできっと喜んでくれるよ」


 確かに美佳の言う通り、ギャップ萌えってやつは使える。しかし、そこまでしなくてもいいんですよ。二人は両思いだから。


「キョンも来るよな!いつもお世話になっている先輩のために一肌脱ごうじゃないか」

「え?まだ食べ放題の制限時間まで40分も残っているんですけど」

「ツベコベ言わずに行くぞ!アタイの店のケーキをたらふく食べていいから」


 それを早く言ってくださいよ。神が作りしケーキの方がいいに決まってる。ついて行きますとも。


「しゃーねーなー。ついて行ってやるよ」

「津部。悪いな巻き込んで」


 角嶋さんがめずらしく下手したてに出ている。それだけ本気なんだな。これはこれで気持ち悪いけど。


 洋菓子店ラポーズー


「こっちが厨房だよ。ついて来て」


 こ、ここは。眩しいほど綺麗な厨房だ。しっかり磨き上げた作業台や調理器具が照明の光を反射している。きっと毎日丁寧に手入れをしているんだろう。

 やはり一流の職人は環境まで一流だ。完成品だけが全てじゃない。そうだ、この環境を整えているからこそ、あのおいしい味が生まれるんだ。


「地層みたいなケーキってことで考えたんだけどさ、ミルフィーユはどう?

 パイ生地とクリームを交互に重ねていくんだ。地層みたいでしょ?」

「はい!それを作りたいです!」


 角嶋さん張り切ってんなー。恋に関しては冷静な判断ができないタイプかもな。空回りしなきゃいいけど。


「パイ生地は昨日仕込んであったこれを使うよ。じゃあまずは生地を焼くために平らに伸ばしてちょうだい。

 キョンはこの食材を冷蔵庫から持ってきてよ。頼んだぞ後輩君」


 角嶋さんは、神の手ほどきを受けられるこの贅沢な状況を理解しているのだろうか。いや、知らない方が幸せだってこともある。ここは黙っておこう。


 1時間後


「出来た!それで完成よ。見た目はちょっとアレだけど、味は保証するわ。生地もクリームも1日持つように調整してあるわ。明日頑張ってね」

「はい!ありがとうございました。お師匠様!」


 おいおい、角嶋さんはいつから弟子入りしたんだ?


「キョンは二人っきりになれる状況を作って差し上げる役だ。しっかりサポートしてやるんだぞ」

「よ、よろしくな」


 また角嶋さんが下手したてに出てきたよ。張り合いがねぇーな。まったく。


「わーったよ」


 角嶋さんが自分で作ったミルフィーユの入った箱を、両手で大事そうに抱えてながら帰っていった。

 厨房に残った俺と美佳は後片づけをしていた。


「それにしても、あんな不格好なケーキで大丈夫かね。逆に嫌われるなんてことにならなきゃいいけど」

「あれがいいのよ。女心が分かってないねキョンは」


 そんなもんかね。


「ところで、、キョンはさ、、好きな人とか、、いるの?」


 美佳が洗い終わった計量スプーンの水気をタオルで拭きながら、俺に背を向けたまま聞いてきた。

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