第26話 ミルフィーユと告白①
夕食
「なぁキョン!明日休みだろ?アタイとケーキ食べに行かないか?」
越野家の面々と食卓を囲んで、湯気が出た目の前のおいしそうなロールキャベツにかぶりつこうとすると、美佳が話しかけてきた。
突然言い出した言葉に俺の頭の整理が追い付かない。パティシエの美佳が作ったケーキならいつも食べさせてもらっているわけだが、どういうことだ?
「近くのホテルでケーキバイキングを始めたらしいんだ。そこの偵察をしようと思ったけど、一人で行ってもあれだし。ほら、この前ホームページを作ってもらって、店が繁盛するようになったし、そのお礼も兼ねておごってあげるよ、どうだ?」
美佳がどんな理由で俺のことを誘うのか目を見てよく聞いていると、顔を背けたり、目を泳がせながら言ってきた。
何か別の魂胆があるのかと疑うほどのたじろい方だったが、ホテルのケーキバイキングという聞いただけでよだれの出てきそうな夢の祭典を断る理由などどこにもあるはずがなく了解した。
「ああ、いいよ」
神であろうと、修練を怠ることなく常に周囲の最新情報も気にしながら己を磨く。正にパティシエの鏡だ。
「あたちも行く~」
「くるみは明日、大好きな『オッチョコマッチョ君』の映画をママと見に行くんでしょ?どうする?」
「やっぱケーキやめる~」
「「「はははっ」」」
翌朝
あまり眠れなかった。美佳の作るケーキは確かにおいしいが、もらえる数が限られていた。
そこへきて、今日はバイキング。腹いっぱい大好きなケーキを食べることができるという期待でワクワクし、睡眠不足となってしまった。
制限時間いっぱいまで全力で食べるために朝食も抜いた。
俺は、いくら腹が出てもいいようにと、ジーパンにポロシャツというラフな服を選んで着た。準備は万端だ。
家を出る約束をした時間に玄関へ行くと、そこに知らない女性がいた。いや、よく見ると美佳だ。
いつもは男勝りで、その黒い髪をお団子ヘアにして、飾りっ気のないTシャツ姿の美佳を見ていたが、今日は変身している。
髪を胸のあたりまで下ろし、花柄のワンピースを着ていた。手の込んでいそうなメイクまでして、まるで別人だ。美しい。
「ど、同業者だとバレたらまずいからよ、女の子らしく変装してみた。どう?」
「似合ってるよ」
しまった!変装がどうかと聞かれたのに、美しさに見とれてとっさに似合ってると言ってしまった。でも、なんだか嬉しそうに笑ってる。
初対面のような恥ずかしさはあったが、俺はいつものように接しようと心がけ、一緒にホテルへと向かった。
ホテル・ニューワガ 29階
戦場にたどり着いた。周りの客は女の子同士のグループが多い。
ケーキ好きの猛者がたくさん集まっているのだろう。負けるわけにはいかない。相手が女だからと言って手加減はせんぞ!
美佳、悪いがお前にかまっている暇はない。いざ、ゆかん!
甘酸っぱい柑橘系を中心としたイエベに行くべきか、爽やかなミントを中心としたブルベを攻めるべきか。
悩ましい!えぇい!両方行ってしまえ!俺!
皿一杯に盛ったケーキを持って椅子に座ると、一心不乱にかぶりついた。
うっま。うっま。うっま。
「ほんっとキョンはケーキを幸せそうな顔で食べるのな。うふふぅ」
「大きな声じゃ言えないが、美佳が作るケーキのほうが100倍うめぇぞ」
「え?そ、そうか?よせやい。照れるじゃねぇか」
俺としては本音を言っただけだったが、美佳はうれしそうにしている。
ここのケーキの素材はおそらく一流のものを使っている。パティシエもそこそこの経験を積んできているのを伺える。
それにバリエーションも豊かで、いい眺めで食べられて立地も抜群だ。
それゆえ、高額な値段設定でも客は来る。
だがしかし、俺が真にケーキへ求めるものはそこじゃない。確かな技術と独創的な発想から生まれる革新的な味。繊細さと大胆さの強弱を使い分けた味。
それら全てを持ち合わせる奇跡のパティシエ。それが今、目の前にいる美佳だ。
いや、神だ。
ホテルのケーキをけなしといてなんだが、さーてと、2周目行っちゃいますか!
ん?あの濃いサングラスをかけた男、挙動がおかしい。おそらく連れもいない。メモを片手にウロウロしている。どこかで見たことあるような、、、
か、角嶋さん?
「よぉ!角嶋さんじゃねぇか?」
「おわっ、なっ、えっ?つ、津部か?変装してたのになぜバレた?」
「サングラスかけただけじゃん。すぐわかるよ」
「そ、そうか。自分はその、あの、野暮用でな。お前こそどうしてここに?それに、横の綺麗な女性は?ま、まさかデート中か?」
「そんなんじゃないよ。彼女は越野美佳。ほら、いつもサバイブにケーキを持ってきてるだろ?その創造主。今日はライバル店の偵察って所だ」
「なんだ、お前らも偵察か」
「お前らも?」
「あいや、何でもない、、、でもな、、、そうだな、、、プロに聞いた方が良いな。越野さん。ちょっといいですか?」
「はい、いいですよ。立ち話もなんだし、一緒に席に座って話しましょうか?」
まだケーキを食い足りていない俺としては、あまり邪魔をしてほしくはなかったが、美佳が角嶋さんを席に招いてしまった。
ここは早々に話を切り上げて、ケーキバイキングを再開したいところだが、、、
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