第28話 ミルフィーユと告白③

 角嶋さんが帰った後、恋愛話の続きをしているのか美佳が俺に、好きな人はいるのかと聞いてきた。


 好きな人、か。


 大切にしたい人はいる。

 その人の笑顔が見たいし、悲しませたくないし、絶対に裏切っちゃだめだし、もっと話をしたいし、もっと一緒にいたい。困ったことがあれば助けてあげたいし、いいことがあれば一緒に喜びたいし、それに、大切なものを一緒に守りたい。


 あれ?これって、好きってこと、か?


 俺、先生の事、、、好き?


 そうだ、好きだ!!


「アタイはさ、困ったときに助けてくれて、不意に優しい言葉をかけてくれて、アタイの作ったケーキをおいしそうに食べてくれる人が好きなんだ」


「そうなんだ」


 それまで背を向けていた美佳が、こちらへ振り向いた。


「だーかーらー!キョンの事が気になって仕方ないんだよ。好きなんだよ」


 ・・・?!


 突然の告白だった。いや、俺が鈍感なだけで兆候はあったのかもしれない。


「困らせちゃったね。ごめん、、、

 キョンは17歳だし、まだ更生プログラムの途中だからさ、今すぐ付き合いたいとかじゃないんだ。アタイの気持ちを知っておいてもらいたかったんだ。プログラムが終わった時に返事を聞かせてほしい。それまで、待つから考えておいて。

 前に言っておきたかったんだ。

 アタイはさ、待つのが得意なんだ。生地の発酵とか?クッキーの焼き加減とか?そういうので慣れてるんだ。あれ?そんなにうまいこと言えてないか。えへっ。まあ、そうゆうことだから、さ。

 後は、アタイが片付けておくから、先に帰っていいよ」


「ああ、それじゃあ。

 、、、あのさ、俺も美佳が好きだよ。でも、恋愛感情じゃないかも。今は」


 正直、俺の事を人として、男として認めてくれたことは素直に嬉しかったが、俺が美佳と恋愛をするということは、登山家にとって富士山と、レゲエ好きにとってボブ・マーリーと付き合うようなものだ。

 精一杯答えたつもりだった。傷つけないように。それと、ってのが気になったけど、聞き返すことはしなかった。


 美佳は案外冷静だ。しっかりしている。だって現に俺は先生の事を好きだと知った今、この思いを抑えることができずにいる。

 プログラムが終わるまで待つなんてできない。今すぐにでも、抱きしめたい、キスしたい、重なりたい。


 俺も伝えたい。


 先生に、好きだと。


 店を出て、越野家までは歩いてすぐなのに、気づいたら走っていた。


「ただいまー!」


 ・・・


 返事が無い。

 先生はまだ帰宅していない。


 勢いづいた先生への思いと、走ったことによる上がった息で、俺の胸の鼓動は今、最高潮を迎えている。

 自室に入り息を整えると、突然冷静になり始め、この先生への思いが本物なのかどうか自分自身の気持ちをジャッジしてしていたら、自然と時間が過ぎて夕食になった。


 夕食


「くぅーちゃん。映画は楽しかったか?」

「オッチョマさいこ~!また行く~!」


「「「はははっ」」」


 化粧を落とし、普段着に着替えた美佳は何事もなかったかのように、いつも通りのふるまいを見せていた。

 俺は俺で、すぐにでもこの気持ちを先生に伝えたいと思っていたが、くるみの口元に着いたケチャップをぬぐう先生を見ていたら、躊躇ちゅうちょしてしまった。

 そもそも俺なんかを相手にしてくれるのか?俺はそんなことを言っていい立場にないんじゃないのか?それに俺が行動に移せば、この家族との関係が崩れてしまわないか?

 色々なことが頭の中をめぐり、結局俺もいつも通りにふるまい、この思いはもう少し寝かせることとした。

 この関係を壊しかねない衝動的な感情が、いつ噴き出してもおかしくない自分に怯えながら。


 翌日 警察総合庁舎 昼休み


「昨日さ、こんな大きなイサキを釣っちゃってさ、もう大変だったわけですよ」


 まずい!原課長の釣り話が始まっちまった。いつもならサイバー局5課サバイブのメンバーで一緒に昼飯を食べた後は雑談をしていたが、今日はダメだ。

 長くなる前に止めなきゃいけねぇ。


「原課長。ちょっと、借りてるマニュアルで分からないところがあるんだけど教えてもらっていいか?」

「はい、いいですよ。昼休みが終わったらね。それでさあ、はじめは根がかりだと思ったわけですよ、」

「いやいや、どうしても今すぐ教えてよ。すぐ知りたいんだよ」


 俺は原課長の腕を引っ張ってその場を離れた。そして約束通り、角嶋さんと荒木戸さんの二人の状況を作り出した。

 去り際に振り返ってみると、角嶋さんがテーブルの下で手を合わせて、俺に対してジェスチャーで感謝を示していた。

 二人が両思いで、この告白がどうせ成功するだろうということを知っている俺としては、何も面白く無いわけだが、角嶋さんにとっては緊張でドキドキなんだろうな。


 しばらくして昼休みが終わり、角嶋さんと荒木戸さんがデスクに戻ってきた。

 角嶋さんが俺に向かって、手で小さくOKサインを出した。


 にやけている。

 二人して。

 勝手にやってろよ。

 って思ったが、良かったじゃん。とも思った。


 ミルフィーユは別名ナポレオンパイとも言われているらしい。お菓子の皇帝だったり、ナポレオンのかぶっていた帽子の形に似ているとの理由からだそうだ。

 角嶋さんの雄姿を見習って俺も後に続きたいと思ったが、俺の場合はそううまくはいかないだろう。それこそ革命が起きるほどの出来事でもない限りは。


 俺はそんなことを考えながら、いつ暴走してもおかしくない膨らみ続ける先生への思いを、心の奥の方へと奥の方へと押し込み続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る