第29話 スフレとフレア①
朝 警察総合庁舎前
登庁してくると、いつもと違う様子の建物の外観に目をとられた。
あれ?庁舎の外壁に足場なんか組んで、壁の塗り替えでもするのか?
思わず足を止めて見上げていると、後ろから話しかけてくる人がいた。
「おはようございます、津部さん。とうとう始まりますね」
「ん?荒木戸さんか、おはよう」
普段かけていた丸眼鏡を外していたせいで、一瞬誰だか分からなかった。
そうえいえば眼鏡はダテで、角嶋さんを直で見ないためのフィルターだとか言ってな。それが必要なくなったってわけか。
恋がうまくいっている時の乙女って、いつもウキウキで晴れた顔つきだと思っていたけれど、なんだか険しい表情を浮かべて建物を見上げている。
「何が始まるんだ?」
「電磁波シールドシートで建物を囲うのよ。太陽フレアから守るために」
太陽フレアか。
そういえば2025年の今年は、100年に一度と言われている太陽の活動が活発になる年。
太陽の表面で爆発したエネルギーが宇宙に放たれて、ここ地球にも到達する。人体に影響は無いものの、そのパワーは絶大で、あらゆる電子機器を破損させ、過去には大規模停電や火災を引き起こしたこともある。今年は特に強力でスーパーフレアとも呼ばれているあれか。
思い起こせば、最近の街中は電磁波対策グッズであふれている。鉛で出来た小さな箱から、シートや服までも売られていた。本当に効果があるのかは不明だが、みんな今の生活を守りたいと思っているんだろう。
それに、美佳が言っていた『世の中が大変なことになるかもしれない』って意味がやっと分かった。
朝の打ち合わせ
いつも朝から陽気で元気が取り柄の原課長が、めずらしく神妙な面持ちで話し始めた。
「みなさんおはようございます。宇宙天気予報によりますと明日から本格的に太陽フレアによる太陽嵐が押し寄せてきます。今まで訓練してきたように、我々警察官は落ち着いて行動しましょう。
津部君は私から連絡をするまで家で休んでいてください。最悪のシナリオではパソコンも使えなくなりますからね」
「最悪のシナリオ?」
「はい。まず、使えなくなるものが無線各種。
警察、消防、航空、列車、船舶、電話、GPS、衛星、テレビ、ラジオ、Wi-Fi。
さらに、電子機器で管理されている電気ガス水道が止まり、病院の機能も初歩的な治療しかできなくなります。
もっと最悪なのが、電子機器の回路がショートして、組み込まれた内臓バッテリーからの火災、それも各所で一斉に。他にも、機能が停止して制御の利かなくなった衛星の落下などなど。
そして、この騒ぎに便乗した悪者の暗躍」
「だ、大惨事じゃないか。下手したら文明が江戸時代にまで巻き戻る?」
「だからこそ、我々はこの最悪のシナリオを元に、今まで訓練してきました。
対策としてまず、人々の活動の制限、それから交通機関の計画運休です。
警察、消防、自衛隊、ボランティアで手を組み、手旗信号、ホイッスル信号、信号弾、発煙筒、手紙、伝書鳩による情報伝達網を構築。
火災に対しては、高いビルの屋上や高台から、双眼鏡を使った目視での常時監視。
犯罪に対しては電子機器の付いていない古い車やバイク、自転車を使ったパトロールの強化。
我々サイバー局は、各所に設置したゼンマイ式信号機のネジを巻いていく役割となっています。
最長で2週間と言われているこの難局を、みんなで力を合わせて乗り切らなくてはいけません」
確かに俺の出る幕じゃなさそうだな。
パソコンしか取り柄のない自分の無力さを痛感するぜ。
ある預言者が1999年に人類が滅亡すると言っていたらしい。もし俺がその時代に生きていたら、信じるはずもなく鼻で笑っていただろう。
だがしかし、太陽フレアのこれは科学的、歴史的に裏付けされ、実際に起こる事象。
対策をしてきたと言っても、現に始まったら想定外の出来事も起こるだろう。
現実主義の俺としてはあまり使いたくない言葉だが、みんなが無事でまたここに集まれることを、ただ祈るしかない。
翌日
先生もくるみも美佳も、各所が休みで家にいた。そして俺も。
政府から外出制限が発令されて、一般市民は外を出歩くことができない。
安全が確認されるまでは備蓄した食料で家の中で過ごさなければいけない。
越野家ではブレーカーを落とし、壊れてもいい電池式のラジオを点けて、ニュース番組に周波数を合わせ、リビングでそれをみんなで囲って聞いていた。
今のところは音声は流れていて、大きな事件は無いようだが、太陽フレアの影響か、時々ノイズが走る。
「トランプでもしよっか」
陰気臭い場の空気を和ませようと、美佳が言った。
ババ抜きしかできないくるみに合わせて、4人が輪になってそれを始めた。
やり始めると白熱し、静かにその時を待つ世間とは逆に、越野家では笑いと悲鳴が飛び交った。
一時間もすると、遊び疲れたのかくるみが眠り始めた。
先生はくるみを寝室のベッドまで運んでからリビングに戻ってくると、美佳が言った。
「アタイ、やっぱり厨房の調理機器が心配だから店の様子見てくる」
「わかったわ。気を付けてね」
先生が一言掛けて送り出した。
俺は美佳が一人で心配だと思い、ついて行こうとしたが、先生と二人で話をできるチャンスだとも思って、残ることとした。
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