第3話  パフェと越野家②

「さー明日は杏太郎きょうたろう君の初出勤だから、今日は早めに片付けて寝ましょう。杏太郎君、先にお風呂入っちゃいなさい」

「キョン兄ちゃんと一緒にはいる~」

「くぅーちゃんはさっきアタイと入っただろ?また、明日入れてもらえ」


 ザブーン


 ふぅ。美人姉妹のおもてなしと、天使のような子供の笑顔。うまい飯とデザート。腹いっぱいでお湯があったかくて、人もあったけーし、なんだかなー。犯罪者の俺がこんなにいい思いをしてもいいのか?

 でも、悪いことしてなかったら、この家に来れてなかったわけだし、、、考えてもきりがねーな。


 しっかし、危ないところだった。小学二年生の女の子と風呂に入るなんて、どうしていいかわからな過ぎてきっとテンパっちまうぜ。

 明日っからは逃げる理由を考えておかねば。


 そーいえば俺、私服も何もないまま手ぶらでここに来たけど、どうすんだろ?院で借りてきたジャージで出勤するのか?だとすると、あのデカい名札は外しておこう。あまりにもダサすぎるからな。


 おや?脱衣所の方でガサガサと音がするな。


「杏太郎君。着替え、ここに置いといたから」

「あ、あい」


 ザバーン


 はぁ。スッキリした。院の大浴場も嫌いじゃなかったけど、ここの風呂も気持ちよかったぜ。

 しっかし、俺の下着もパジャマも用意してくれているなんて、何か裏があるんじゃないかと疑っちまうけど、これも家族だからってやつなのか?


おや?リビングで先生が一人で酒を飲んでるぞ。


「あら、やっぱりサイズちょうどぴったりね。夫の物をまだ整理できてなくて、取っておいてよかったわ。明日着ていく服も用意しておいたから」

「俺が着ても、大丈夫なのかよ?」

「いいのよ。あの人はね、物を大切にする人で、ただ捨てるだけよりも、誰かに使ってもらった方がきっと喜んでくれると思うの」

「そういう意味じゃなくて、思い出したりとかさ、、、」

「私のことを心配してくれてるの?ありがとう。確かにふとした瞬間に思い出したりもするわ。今も杏太郎君がそのパジャマを着た姿を見て正直ハッとしちゃった。

 でもね、大切な過去の思い出は忘れないように前へ進んでいくことが大切だと思っているの。

 杏太郎君の場合は過去を反省して前へ進むことが大切だけどね。うふふっ」


 本当に大丈夫か?最後は笑顔で冗談を言ってみせたけど、何か無理しているみたいなんだよな。

 さっき一瞬見せた悲しい顔は、今後見たくないから、これからこの話題を出すのはやめておこう。


「ここが杏太郎君の部屋よ。机の上のパソコンとか好きに使ってくれていいけど、悪さしないで大人しくしときなさいよ。それじゃあおやすみなさい」

「お、おやすみ」


 バタン


 敷いてくれたこの布団、すげーあったかい。俺の為に外で干してくれたのかな?


 それにしても、あんなにおいしいと感じたパフェは人生で初めてだ。グラスの中はフルーツとクリームだけの、どこにでもあるようなシンプルな中身だった。今思えば味もシンプルだった。でもなぜ、人生最高のパフェだと思ったのか。状況がそうさせたのか?家族ってヤツと一緒だったからか?


 少年院と違って部屋の扉のカギも、窓のカギも内側にある。そりゃあそうか。俺、退院したんだ。ようやく実感してるかも。

 今ここから抜け出して、逃げることもできる。たぶんこのパソコンを使えば、どこかからお金を盗むこともできるだろう。


 でも、今日はいいや。

 今日はやめておこう。


 ここより居心地のいい場所は、ネットを検索してもそう簡単には出てこないだろう。

 今日は先生の言う通りに大人しくしておいてやろう・・・


スヤスヤ



 この日俺は夢を見た。大きな『くるみ割り人形』に襲われる恐ろしい夢だ。時間に厳しく、常に生活を監視されていた少年院で見ていた夢はいい夢ばかりだったが、ここへきて急に悪夢を見た。

 きっと現実世界が充実して、おいしい思いをしていたから、頭の中で勝手にバランスをとって悪夢を映し出したのだろう。


 しばらくは、悪夢から逃れられそうにない。




人物紹介

越野こしの美佳みか 24歳

 パティシエ

 恵梨香の妹

 両親は1年前の事故で他界

 お団子ヘアで活発な細身女子


越野くるみ 8歳

 小学2年生

 恵梨香の娘

 父親は1年前の事故で他界

 おかっぱ頭 あいくるしい笑顔

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