第7話 ホワイトチョコとサバイブ④
「まちやがれ!」
お望み通り、脆弱性検査の名のもとに不正ログインしてやったよ。さらにオマケに、これからこのスマホ画面に表示された情報を読み上げてやんよ!
「
サイバー局捜査1課長でその前は、警察情報システム課、その前はサイバー犯罪対策課ですかぁ。
今のお給料は手取りで、、、26万9561円。ん?少ないね。
あっ、返済があるのか。
警察共済組合から貸付限度額いっぱいの500万円を借りてる。
住宅でも車でもなさそうだし、、、金融商品に手を出して失敗したって所かな?
ふぁっ!」
「や、や、やめろ!ど、ど、どうしてそこまで。
私よりも上のアクセス権で人事情報までもっ!
それにこんなに早く。一体どうやったんだ!教えろ!」
「他にもまだあるぞぉ!
サイバー人材採用だった影平は、警察学校時代にあまりにも体力が無さ過ぎて、教官に泣きながら土下座して落第を免れた。
これにより、昇進は遅れがちだったが、3年前の銀行ハッキング事件の解決で警部に昇任。
ITに関するある程度の能力は認められるが、人望は無く、人格にやや難有り。
だってさ。この評価をしたしたあんたの上司は、優秀だわ。わかってる。日本の警察も捨てたもんじゃないね」
「いい加減にしなさい!
「えっ?先生?!だってこいつは、、、」
「いいから!そこまでにして、やり方を教えて差し上げなさい」
「クソッ。わかったよ。
俺は今、この端末にサイバー局長のアカウントでログインしたんだ。
方法は、さっき局長室へ挨拶に行ったときに机の上に張られていた付箋に書かれていたIDとパスワードを入力した。
顔認証は、ここのパソコンで警察庁のホームページに掲載されている写真でパスすることができた。以上だ。
こんな簡単にできて俺の方が驚いているよ。なんせ竜宮城で年を取っている間、パソコンを触ってなかったんだからな!
よくもまぁこんなザルみたいなシステムを開発したもんだよ。ザルに失礼なくらいだよ。
せめて、顔認証を2D認証方式じゃなくて3Dにしとけよって。まぁ俺にかかれば3Dであっても違う角度からの写真が3枚もあればモデリングして突破できるだろうがな」
「ぐぬぬぬ。津部杏太郎め。言わせておけばいい気になりやがって」
「差し出がましいようですが、杏太郎君を送り出した法務省の私から一つ宜しいですか?
先ほどから影平1課長の発言を聞いておりましたが、私情が入っているようで、杏太郎君に対する当たりが強いように感じられます。できましたら、今後なるべく距離を置いて接していただけるとありがたいと思っております。
お聞きいただけないようでしたら、先ほどの件を職場改善要求としてしかるべきルートで書類を提出させていただくことになります。
もちろん杏太郎君が警察の厳重セキュリティを脆弱性検査の名のもとに突破したことも記録に残ることになりますが」
「ぐぬぬぬ。わかった。距離を置く。こんな事態が上に知られたら、たまったもんじゃない!」
くそっ。まだ怒りが収まりやしねぇ。なんだって先生はこんなゲス野郎に逃げ道を与えたんだよ。もっとコテンパンにしてやれたのによ。
去っていく後ろ姿まで憎い。まだ切りたりねぇぞ!
「おいしいです。このホワイトチョコ!どこで買われたんですか?津部さん」
?!
一連のやり取りでサイバー局フロア中の視線を集めていたサバイブ。張りつめた空気を何とかしようと、
確かにこんな時は甘いものを食べて落ち着くのが一番だ。
パクッ。
間違いない。間違いなくおいしいはずだ。だが俺は、まだこの一件が尾を引いているせいか、苦虫をかみ砕いているような味に感じた。
甘いだけのホワイトチョコのはずなのに。
「ねぇ。津部さんったら。どこで買われたんですか?」
「え?知らない。あいや、作った人は知ってるけど、店はその、、、」
そういえば美佳の店の名前、聞いてなかったな。
「『洋菓子店ラポーズー』よ。私の妹がやってるの。良かったら来てね」
「はい。越野さんの妹さんがやってるお店ですか?すごいんですね。必ず行きます」
その後は大人しくぶ厚いマニュアル本を見続けて、終業時刻となった。
「津部君。初日から色々あったけど、一日お疲れ様。今後ともよろしくね。ところで恵梨香さんは、この後ご予定とかは?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと用事があって」
「わっかりました。ではまた明日お待ちしております!」
「あいや、明日からは杏太郎君一人でこちらへ来ます。私は週一回くらい様子見に伺う程度になります」
「そうですかそうですか。では一週間後にお会いしましょう」
原課長って先生の旦那さんが飛行機事故で亡くなったのを知らずに誘ってるのか?いや、警察の人間なら調べれば、どんな人物かはすぐわかるはず。だとしたら、下心じゃなくて元気づけようとしているだけなのかもしれない。どちらにしても大人の事情に俺がどうこう考えるのは変か?でもなんか気になる。
帰路、歩道を歩きながら家が近付くと、ずっと無口で不機嫌そうな顔をしていた俺に先生が話しかけてきた。
「杏太郎君。私ね、君の能力を今日初めて見てすごいと思って驚いちゃったわ。
だって局長室にいたあんな短時間にIDとパスワードを暗記しちゃったんでしょ?それに顔認証突破の発想も。
でもね、力を見せびらかすのはあまり好きじゃないわ。やり方が分かったなら、それを先に教えてあげればいいじゃない」
「でもあいつはゲス野郎だ。先生も聞いてただろ?あれくらいしたっていいだろ?」
「大人の社会ってのはね、ソリの合わない人とも付き合っていかないといけないの。相手がどんなに嫌な人であっても、同じ土俵で戦う必要ないわ。あなたまで同じ野郎になってしまうのよ。
だからね、嫌なことがあったら、一度ネクタイを強く締めなおしてみて、
ほらこうやって。
ギュッ!うふっふっ」
「く、苦しいよ先生」
「私に絞められていると思ったら、いつもみたいに叱られているようで怒りが収まってくるでしょ?うふっふっ。
っていうのは冗談で、人の怒りのピークは6秒と言われているの。だからネクタイを締めなおして一呼吸置いて、自分の中に沸き起こった怒りが過ぎ去るのを待つのよ。そうすれば、衝動的な行動を抑えられて、後悔するようなことは起こらないわ。いいわね?」
「あ、ああ」
「ほら、もう一度体に覚えさせてあげる。ギュギュギュー。あははっ」
「や、やめろって。わかったから。ゲホッゲホッ」
先生が俺をもて遊ぶように、無邪気な笑顔でちょっかいを出してくる。
怒られているのに、なぜだか楽しくなってきた。
俺みたいなのを何人も見てきたから、扱いに慣れているだけなのか?それとも、俺だけにこんなことを言ってくれているのか?気になる。
家に着き部屋へ入ると、少年院から着てきたジャージに着替えたら、なんだか落ち着いた。
着替える時、なぜかネクタイの結び目をほどかず、首から抜いた。
そしてそれを、壁のフックにかけて眺めることとした。
幼い頃の写真や思い出の品が何一つ無い俺にとって、物を見て過去の感傷に浸るようなことは今まで無かった。
そりゃあセンチメンタルになるような思い出はいくつかある。9歳の頃に親の気を引こうとして、お菓子をたくさん持って裏山で一晩キャンプを張ったりだとか、少年院のお月見で出た甘い団子を、少しでも大きいものを獲ってやろうとケンカになったこととか。
でも、物を見てってのは無い。
先生が結んでくれたこのネクタイは、
先生との思い出の品として、
俺の宝物として、
残しておきたくなった。
甘いはずのホワイトチョコが苦いと感じたあの感覚と共に。
その後、この大切なネクタイは使わないようにと、デスクの上にあったパソコンで『ネクタイ 結び方』を検索して、別の物で練習した。
俺は今朝、芽生えて葉をつけた何かに、つぼみが付いたのがわかった。何が咲くのかわからないが、慎重に大事に育ててみようと思い、壁に掛けられた紺色の地味なネクタイの結び目を、人差し指でそっとひとなでした。
人物紹介
サイバー局捜査1課長 警部
3年前に杏太郎を捕まえた功績で今の地位に
嫌味ばかりを言う
サイバー局捜査5課長 警部
ガッチリ体系で声が大きい体育会系
マネジメント力や求心力がある
恵梨香に気がある?
サイバー局捜査5課 係長 巡査部長
おっとりマイペースだが、洞察力は鋭い
元科捜研で地質学や気象学に強い
サイバー局捜査5課 新米 巡査長
最新のプログラミング言語やIT機器に強い
愛想無く、杏太郎をやや敵視
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