第8話 クッキーとラポーズー①

「キョーン!ごはん出来たよー!」


 リビングから美佳が大声で俺を呼んだ。

 晩飯はハンバーグだった。テーブルの上に置かれたお皿には、艶めくデミグラスソースがかけられた大きな俵型の肉塊があり、部屋中に食欲を掻き立てる香ばしい匂いが充満していた。

 しかし、視覚と嗅覚で俺の空腹を刺激するそれよりも興味を引くものが、その横にあった。それは、


 ケーキだ!


 それもたくさん。クッキーまである。

 おお神よ、今日もみ恵に感謝いたします。


「今日はいつもよりちょっと多く売れ残っちまったよ」


 こんなにおいしいケーキが売れ残るなんてどうかしている。売り方に問題があるんじゃないか?俺は聞いた。


「ちゃんと宣伝とかしてるの?」

「まぁそれなりにはね。元々、父さんと母さんが作った店で、事故で他界してアタイが引き継いでからも、それまでの常連さんが買ってくれてたんだけどさ、最近は徐々に売り上げが落ちてきているんだ。

 今になって35年間も店を続けてきた二人の偉大さを感じているよ」


 大手チェーン店やコンビニがセントラルキッチンで大量生産し、コストカットしている商品と戦ってんだもんな。町の洋菓子屋さんは大変だよ。

 何か力になれればいいんだけど、、、


「ほら、これが店のホームページだ」


 美佳が自分のスマホを取り出して、ブックマークしていたページを見せてきた。

 おいおいおい。何十年前のHPだ?たった一枚の店内写真とテキスト文字だけ。更新も5年前から止まっているし、情報量も少ない。超軽量のデータサイズで、開く速度が速いと一部のマニアには受けそうだが、そんなところに受けたところで意味が無い。


「これ、俺に少し手を入れさせてもらっていいか?」

「そういえばキョンってこういうの得意なんだよね。お願いしてもいいか?食事の後に店に来てよ。ここから歩いて5分で、パソコンもあるからさ」


「あたちもキョン兄ちゃんと行く~」

「くぅーちゃんは子供だから夜に出歩くとお化けが出るぞー」

「やっぱやめとく~」


「「「はっはっはっはっ」」」


 くるみは相変わらずかわいい。

 俺はハンバーグを平らげてケーキも食べ終えると、残っていたクッキーを途中で食べようと手に持って、美佳と一緒に店へと向かった。



 洋菓子店ラポーズー


 美佳が店のカギを開けて店内に入り、俺も後を追って入店した。暗闇の中、そこに漂う甘い香りが俺の脳を刺激する。砂糖だけじゃない、フルーツ、バター、カカオ、ナッツ。全てに違う甘みの香りがある。それらの香りが混ざり合い、長い年月をかけてこの店の壁や天井に沁み込んでいき、歴史として刻まれている。そしてそれを嗅いだ客の鼻腔と期待がさらに膨らむ。

 美佳が明かりをつけると、店内は落ち着いた木目を基調としたモダンレトロの内装をしていた。


 いい店だ。


「こっちだよ」

 バックヤードに通されると、わずかな事務スペースにパソコンが置かれていた。その周りには伝票や仕入れ先のカタログなんかが置かれていた。

 ここで仕入れや伝票整理なんかの会計処理もしているのか。

 ケーキだけを作っているだけじゃない、事務仕事まで一人でこなしているようだ。そりゃあHPを更新するような暇はないだろうな。


「じゃあちょっとパソコン触るよ。5分だけ待ってて」


 俺はそう言うと、インターネットから店の雰囲気に合いそうな無料テンプレートをダウンロードして、店の名前や販売しているケーキの種類なんかを入力していった。

仮に出来上がったそれを、オフラインのままサンプルとして美佳に見せてみた。


「ちょっと!すごいじゃない!キョン!すっごくいいよ!こういうの苦手なアタイから見たら、キョンの方がよっぽど神だよ」


「あとは、顔が見えると信用されるからパティシエの写真を撮って掲載させてよ。美佳は腕だけじゃなくて容姿もいいから、きっと様になると思うよ」


「おっと?!キョンはそういうことをサラッと言っちゃうんだね」


 なぜか美佳が少し驚いた様子で、頬を赤らめた。驚かせるようなことを言ったつもりは無かったのに。


「できれば仕事着に着替えてきてよ、その間にショーウィンドウに残っているケーキの写真を撮っておくからさ」

「う、うん。わかったわ」


 俺は美佳のスマホを借りてケーキの写真を撮れるだけ撮った。

 自分の持っていた警察のスマホも取り出して、そのライトを間接光として別角度から光を当てながらおいしく見えるよう工夫して、一通り撮影してHPに入れ込んだ。


 数分後、着替えた美佳が戻ってきた。


 白を基調としていて清潔感はあるが、服が体に密着して、随分ボディラインが出ている仕事着だ。


「今は綺麗な服がこれしかなくて、、、アタイが高校を卒業してすぐにここで働き始めた時に買った服なの。恥ずかしいんだけど、ちょっと小さくなってるのよね。大丈夫か、な?」

「いいんじゃね?似合ってるよ」


 ケーキだけではなく、美佳を目当てにした客まで寄ってきそうだが、、、

 繁盛すればいいだろ?

 数枚の写真を撮って、これもHPに入れ込んだ。


「ところで、店の名前『ラポーズー』ってどんな意味?」

「これはね、父さんと母さんが付けた名前で、フランス語で憩いの場って意味の『ラポーズ』と、動物園の『ズー』を合わせたらしいの。 

 二人とも動物が好きで、よくデートで動物園に行っていたらしいわ。ほら、そのクッキーって色々な動物の形しているでしょ?開店した時からお店の看板商品として売り続けているの。子供たちが喜ぶ笑顔が見たいって開発したらしいわ。

 でも、最近はクッキーが売れ残ってしまう時もあるけど、これだけは廃止にしないで売り続けたいと思っているの。

 二人は地域に愛される洋菓子店でありたいっていつも言ってたわ。アタイはね、ケーキのつくり方だけじゃなくて職人としてのありかたも学んだんだ。いつかはこの二人の考えをみんなに知ってもらえる機会が来たらいいなと思っている」


「いいじゃん、そういうの。大切だと思うし好きだよ。店の由来と共に職人としての気概もHPに載せておくよ」


 やはり美佳の作るケーキには技術だけじゃない何かを感じていたが、そういうことだったか。

 師匠である両親を亡くしてさらにその思いは強くなったのだろうけど、思うように売り上げが伸びないのはつらいよな。


 もう少し手を加えてみるか。

 美佳とご両親の為に。

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