第9話 クッキーとラポーズー②

 俺は美佳の店を繁盛させるため、HP制作に己の持つ全能力をそそぎ込んだ。3年間の空白の知識をネット検索し、足していきながら。


「いくら出せる?」

「や、やっぱ金とるのか?そりゃそうだよな、キョンのそれは凄い専門知識だもんな。まぁ少しくらいならなんとか、、、」


「そうじゃないよ。広告宣伝費にいくら出せるか聞いてるの。といっても、限定スイーツの割引価格の事だけどな。

 例えば、いつも売っている200円のケーキを100個限定で50円で売るみたいな、おとり商品にかけられる金額だよ」


「そ、そういうことね。今言った例えくらいなら大丈夫だ」

「よし分かった。じゃあ明日っからはじめるぞ!」

「明日から?いくらキョンでも、HPを作り直したくらいでそんな急にお客さんきてくれるのか?」

「まあ見てなって」


「最後に、店の外から撮影した写真が欲しんだけど、今は夜だしな、、、」

「だったら、この写真はどうだ?」


 美佳が一枚の写真を俺に見せてきた。


「アタイの両親が開店した時に店の前で撮った記念写真だよ。ちょっと色あせているけどさ、どうだ?」

「すっごくいいよこれ。二人の笑顔から人の良さを伺えるし、この色あせも歴史を感じる。トップに載せよう。スマホで複写して、これでよし!完成だ!勝手にアップするからな」


「もうできちゃったの?早すぎないか?アタイのスマホでも確認できるかな、、、

 え?え?え?すごー!キョン!すっごく見やすいし、スタイリッシュだし、色使いが店のコンセプトにも合ってて最高だよ!」


「ああ、パソコン表示版と一緒にスマホ表示版も作ってやったぞ。それと、限定商品やフェアみたいな販促キャンペーンは毎週やった方がいいけど、HP更新に割く時間が無いだろ?そんな時は、スマホからHPに管理者でログインしてこのボタンを押せば、勝手に商品決めてくれて、キャンペーンを作ってHPにアップしてくれるようにした。な、楽だろ?」

「すごいよ、キョン!ありがとう!このお礼は何したらいい?」


「お礼なんていらないよ。俺みたいな犯罪者を受け入れてくれているだけで、こっちが感謝しなきゃいけないのに」


「まあ?最初相談受けた時は、懲役10年の犯罪者が家に来るって聞いて驚いたけど、お姉が認めた人だったから心配は無かったし許せた。

 アタイが10歳の頃、道で迷子になってた子犬を拾ってきたんだ。その時、両親は飼うことに猛反対したけど、18歳のお姉は私の味方についてくれた。今回はそん時のお返しの意味もあるんだ。でも結局飼い主が見つかって帰って行っちゃったんだけどね。

 それに実際良かったよ。キョンは全然凶悪犯に見えないし、そんなそぶりも見せない。アタイの事も助けてくれるし、アタイの作ったケーキを幸せそうな顔で食べてくれる。それを見ているだけでこっちも幸せにさせてくれるんだよ。

 あんた本当に悪いことしたの?って感じ。はっはっはっはっ」


 ピロリン♪


「おやっ?めずらしくアタイのスマホにメールが来た。何々?『限定スイーツの予約が100件に達しました』ん?」


「案外早かったな。ああそうそう、これは明日販売する分の予約が埋まったら美佳のスマホにメールが届くようにしておいた。こうすると仕込みの予定を組みやすいだろ?」


 ITオンチの美佳には詳しく説明していなかったが、俺はHP制作以外にも手を打った。SNSで新規にアカウントをいくつか作ってここがおいしいだとか、お買い得の安いスイーツがあるだとかの噂を効率よくスイーツ好きが集まる場所にピンポイントに発信した。

 さらに、様々な掲示板でもごくごく自然にステルスマーケティングだと気づかれぬように店のPRをした。

 それが功を奏して、瞬時に予約が埋まってしまったようだ。


「キョン!すごいよ!アタイ、今日何回も『すごい』って言ってる。生まれて初めてだよ。でも、本当にすごいよ!」


 美佳が俺に抱き着いてきた。

 美佳が着ているピッタリ仕事着のせいか、彼女の体温が高いのがわかる。きっとそれだけ本当に興奮しているのだろう。

 それに、正面から押し付けてきた彼女の大きな胸に、17歳男子の俺は無反応ではいられなかったが、少し腰を引きながら平然を装った。


「よせよ。暑苦しいだろ。こんなことで喜ぶなよ」


「明日からはケーキが売り切れて、おみやげは無くなるな」

「おいおい、それだけは勘弁してくれ!」

「冗談だよ。あはっはっ」


 ピロリン♪


「次は何?雑誌取材の申し込みだって!これもキョン?」

「いいや、違うよ」


”私は長年スイーツ雑誌記者をしている者です。昔食べた動物の形をしたクッキーの味がとてもおいしくて、コンセプトも良く、忘れられずにずっと探していました。

 お店の外観だけは覚えておりましたが、場所を忘れてしまい、困っておりました。

 さきほど貴店のHPを発見し、トップの写真を拝見させていただきましたが、間違いなくそちらのお店のようです。

 宜しければ一度取材させていただき、特集記事を書かせていただきたいと思っております。

 お返事お待ちしております。”


 これは俺がすごいんじゃない。きっと美佳のご両親が彼女に残した、贈り物なのかもしれない。

 言うまでもなく、この後美佳は泣きながら雑誌の取材を受ける返信をしていた。


 帰り道で俺は美佳にクッキーのレシピを聞いた。そしたら、薄力粉・バター・砂糖・卵だけだと答えやがった。そんなはずはない。たったそれだけで、あんなにおいしいクッキーになるはずがない。隠し味が真心や誠実さだとでもいうのだろうか。バカげてる。ただ、この店の歴史と人を見れば、それはそれで納得できなくもない。


 こんな親子の絆や姉妹の絆を見せられると、羨ましさを超えて応援したくなる。

 それに美佳は、神クラスのパティシエだ。一度でいいからそのお師匠さんのケーキも食べてみたかったが、叶わぬ夢。技術と意思を引き継いだ弟子のケーキを食べられるだけでも感謝しなければいけない。


 それにしても、美佳から見た俺は、『先生が連れてきた迷子の子犬』程度だったんだと思ったら、笑えてきた。俺自身それでいいと思っている。こんなまじかで、彼女たちの躍動を見られるのだから。



洋菓子店ラポーズー

 1990 夫婦で開店

 1995 アニマルクッキーが地元で人気

 2010 HP開設

 2019 次女の美佳が高校卒業と同時に入店

 2024 夫妻が不慮の事故で他界

 2024 美佳が店長として引継ぐ

 2025 HPリニューアル

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