第17話 バウムクーヘンと風船③

 俺からパソコンを受け取った荒木戸さんが、画面を見つめながらプログラムを確認した。


「津部さんはやっぱり面白い人ね。少し粗削りだけど、発想が斬新で専門家でも思いつかないアプローチの仕方でプログラムを組んでいるわ。もう少しパラメータを足してみましょ。

 まずは、津部さんが入れたデータは風向、風速、湿度、気圧の昨日の分だけだけど、いっきに過去5年分を入れてみましょ。それと地形データも、高いビルなどの建物情報まで入れちゃいましょ。

 後は、飛んでいく風船の情報も必要よ。ゴムの材質、厚さ、ガスの成分と浮力。時間によって少しづつ抜けていくからその情報も入れて、ヒモの重さも。SNSを探せば昨日、スーパーで風船を配っていた業者が分かるでしょう。

 過去の情報だけでなく、今現在も飛んでいることを想定して未来予測もする必要がるわ。さあ、これでもう一度計算させてみてちょうだい」


 お、俺のプログラムを理解しただと?さらに俺の上を行く分析能力。やはりこの分野は専門だったか。ただものじゃねぇ。


「じゃあ、計算始めるぜ。スタート。

 測定結果終了予想時間は、、、

 2424時間後、、、


 101日後っ?!」


「ではその時にまたいましょ。バイバイ、、、って冗談よ。そりゃそうよね。これだけの大規模な計算はこのパソコンじゃ無理よね。

 ってことで、私に貸してみて。私、サイバー局へ来る前は科捜研にいたって聞いたわよね。まだそことつながりがあって、科捜研が持つ『スーパーコンピューター富渓ふけい』へのアクセス権をもらってて、普段から捜査や研究目的で空いているリソースを使わせてもらっているのよ。

 そしてなんと、今日はお休みだからほぼ貸し切り状態。津部さんのパソコンをインターネットにつなげて、私の専用回線で富渓にプログラムを移して、走らせれば、、、


3、2、1ほら結果が出た!」


 おいおい、どうなってんだ?この人。乗りツッコミから始まってからの瞬速の計算結果。ってかスパコンの計算能力もずば抜けている。これが国家の力ってやつか。


「おしいところまでは来ていたようね。お宝の位置はすぐ近く。こっちよ!」

「お宝~♪お宝~♪」


 国のスパコンって1000億円近くしたんじゃなかったか?陽気なくるみにこの凄さを解説してやりたいが、、、やっぱ必要ねぇか。


「津部さん!くるみちゃん!あったわよ!」

「あたちの風船~♪お宝~♪」


 ほ、本当に見つかっちまった。一晩風に流された風船をシミュレーションで計算した通りに見つけてしまった。

 俺でさえ半信半疑だったのに荒木戸さんのアドバイスとスパコンのおかげだ。


「凄いわね、津部さんの作ったプログラム。正直、ここまですごいと思わなかったわ。もう少し詳しく見せてもらってもいい?」

「あそこの公園にベンチがあるから休憩しようか」


 3人で公園のベンチに腰掛けた。


「そうそう、さっきお店で買わせてもらったバウムクーヘンを一緒に食べない?私の一番好きなお菓子なの。なんだか地層みたいでかわいいでしょ?一枚ずつ剥がして歴史を感じながら食べ進めるのが好きなの」


「地層~地層~」

「どうも」


 地層がかわいいとは、独特な感性をお持ちだ。根っからの研究者なんだな。荒木戸さんは。

 それにしてもこのバウムクーヘンはうまい。さすが神!カステラともパウンドとも違う舌触りと触感。この精密に重ねられた層は熟練職人の証。

 確かに一枚づつ剥がして食べたくなるのもわからなくもない。

 くるみが荒木戸さんの真似をして一枚づつ食べている。おいしそうな笑顔に加えて楽しそうだ。でも俺は、手首にヒモを通した風船がまた飛んでいかないか心配である。

 それにしても、くるみはどうして風船一つに執着していたんだ?どこにでもあるのに。


 風船をよく見ると、飛行機の絵が描かれていた。


「キョン兄ちゃんは飛行機、乗ったことある?」

「え?無いけど」

「あたちのパパは飛行機の運転手なの」


 それでこの風船に愛着が?まてよ、先生の旦那さんはパイロットだったのか?なにか一年前の飛行機事故に関係している?


「今度パパにお願いして乗せてあげる。今は、お仕事で遠くへ行っているけど、あたちがいい子にしてれば、またすぐにかえってくるの」


 俺は息を飲んで、とっさに言った。

「あ、ありがとう、、、」


 バウムクーヘンの剥離はくりを楽しみながら、くるみが話したそれに俺は合わせた。荒木戸さんの方を見ると彼女も驚いた様子で、俺が話を合わせたことに頷いて同意してくれていた。

 くるみは仏壇に手を合わせるが、まだ父親は生きていると思っている?いや、ちょうど死を理解しようとしている途中なのかもしれない。俺が家族というものを知ろうとしているように。


 くるみは最後の一枚を食べ終えると、公園の滑り台を指さして遊びたいと言ったので送り出した。俺は遊具ではしゃぐくるみを、荒木戸さんと一緒に見守ることとした。

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