第33話 ジャムとアイドル③

「先生。今日さ、院時代に同室だったイフ君が濡れ衣で捕まって警察に連れられてきたところにバッタリ会ったんだ。

 今だから言えるんだけど俺、院時代に昼飯で出たジャムを一つ余分に取ったことがあってさ、それが先生にバレそうになった時、イフ君がうまくごまかして助けてくれたんだよね。

 そのお礼じゃないんだけど、俺とサバイブのみんなで作ったプログラムで彼の濡れ衣を晴らしてやったんだ」


「ああそう。良かったわね。

 今日の夕飯はお弁当だら、これ温めて食べて」


 ん?おかしい。いつもならもっと褒めてくれるはず。やはりこの前の俺が変なことを言った事が尾を引きずっているのか?


「どうした?元気が無いようだけど」


「・・・今日ね、夫と両親の1回忌だったの。それでね、、、」


 まいっている。

 大切な人と突然会えなくなった。それも永遠に。

 どれだけの悲しみが先生を襲ったのか、俺には想像できない。だけど、だけど、


「元気出してよ。俺、先生のためなら何だってするからさ」


「ありがとう。杏太郎君。

 でもね、夫が死ぬと世界観が永遠に変わるの。

 電話のベルが鳴るたびに、夫の事故を告げられた時のことがフラッシュバックで蘇ってきて、出るのが怖いの。

 それに、誰かを好きになろうとしてもまた同じことが起きないかと不安になるの。

 私、ずっとこのままなのかな、、、」


「そんなの先生らしくないよ。俺は知ってる、先生が強い人だってこと。どんな難局も乗り越えられる人だってこと。

 ため込まないでもっと話してよ。俺、全部受け入れるからさ。俺が先生のつらい思いを全てもらってやるから元気だしてくれよ」


「・・・ありがとう。うふふっ。なんだか立場が逆転したみたいだね」


 笑ってるけど、涙を流してる、、、無理している。


 どうして俺はいつもこんな時に先生に近付きたいと思うんだ!

 どうして俺はいつもこんな時に先生を抱きしめたいと思うんだ!

 どうして、どうして、


 我慢が出来なくなった俺は、先生の顔を抱え上げてキスをしていた。


 バチーン!


 ビンタされた。強く。


「ダメ!何してるの!」


「ごめん。でも俺、、、」


「聞いて杏太郎君!

 この更生プログラムが終わったらあなたを男として見て、ちゃんと向き合うわ。約束する。あなたを好きになりかけている自分がいるのも分かっている。だから、わかってちょうだい。我慢してちょうだい。お願いだから」


「ごめんなさい」


 俺は謝った後、弁当を持って自室へ走っていった。


 先生にビンタされた頬がヒリヒリするのを感じながら、冷たいままの弁当を食べようか迷いながら考えていた。


 自分の取った行動に自分自身で驚き、反省しながらも、結果的に先生が俺のことを好きになりかけていると言ってくれたことに、申し訳なさよりも嬉しさが勝っている。

 今までは恐れていた、ますます好きになっていく先生への思いに、今は心地よさを感じている。このままでいいんだと確信できた。


 いつまでも手の届かないアイドルを追いかけていたら、急に俺だけを意識して振り向いてくれたようで、怒られたのに嬉しかった。

 少年院時代に規定よりも一つ多く取ったジャムを食べていた時に、久々の甘さに頭がクラクラするほどの快感と罪悪感と高揚感に似た感覚が今、俺を包み込んでいる。


 でも、今回の初めてのキスの味は、


 先生の涙で、


 しょっぱかった。

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