サバイブ
団田図
第1話 イチゴショートと面談室
2025年 輪賀市少年院 第一面談室
「きたねーぞ!あんた!」
「
どうするもなにも、答えは決まっている。だが、今、俺の目の前にいるこの女、
いつもシワの無いスーツをパリッと着こなしてはいるが、ほかの指導教官とは違って物腰が柔らかく、気を抜くと心を許しそうになる。
どっから仕入れた情報かは知らないが、俺の弱点を知って、そこを突いてきやがった。断ることのできないコレを持ってくるとは、してやられた気分だ。
この女に何とかして一泡吹かせたい。
答えは決まっている。
が、、、
ダメだ。考えている時間がもったいない。ここはひとまずこの話に乗って、一泡は後で考えよう。
「わーったよ!めんどくせーけど、やってやんよ」
「あらうれしいわ。今まであれだけお願いして断られてたのに、甘いケーキを持ってきたとたんに引き受けてくれるなんて、よっぽど好きなのね。かわいい。うふっ。食べていいわよ」
じ、実に3年ぶりのケーキ。何度夢見たことか。ここの少年院で出る甘いものと言えば、パンに付けるジャム程度で、ろくに満足出来やしない。
が、しかし、今、目の前にある物は紛れもなく俺の愛してやまないケーキ!保冷材付の箱に入った数種類のケーキ達が隙間なく敷き詰められ、こちらを見ている。
残り刑期の7年間はお目にかかれないと覚悟していたが、まさか今日、この時が訪れるとは思ってもみなかったぜ。
どれもこれも美しい見た目で好きな物ばかりだが、見慣れないものもある。おそらく3年間の院暮らし中にシャバで流行ったものだろう。
どれからいく?俺!
モンブランか?ティラミスか?チーズか?
いや、ここは王道のイチゴショートでしょ!
これっきゃないっしょ!
「じゃあ、これから」
「どうぞ、どうぞ、ジャンジャン食べちゃってちょうだい」
箱の中から持ち上げた感触、フォークを入れた弾力、口へ近づけた匂い。ここまでは完璧だ。久々に食べるからといって、俺の肥えた舌はごまかせんぞ。
モグモグ
んんんんんんうんめーー!!
うんめーー!!
うんめーー!!
きめ細かいクリームの濃厚さと甘さの絶妙なバランス。噛んだ時にスポンジへと染み込むイチゴの甘酸っぱい果汁がさらに俺の脳を刺激する。そこまで計算され作られた、まさに芸術品。
間違いない、コレ作ったヤツは神だ。神が作りし珠玉の逸品ってやつだ!
「味はどぉ?
「ま、まあまあ、かな」
「あら、手厳しいわね。そのわりには勢いよく食べてるけど・・・
まあいいわ、これからあなたは私の家で預かることになるから、よろしくね」
「ちょ、聞いてねーぞ。あんたの家に住む?」
「だーかーらー。あんたじゃなくて先生!今度間違えたらお尻ペンペンするわよ。
「おいおい、後出し情報が多いな。それにそこって、俺のことを捕まえた部署だろ?大丈夫なのか?やっぱり断ろうか、、、」
「あ、そうそう、持ってきたこのケーキは、一緒に住んでてパティシエやってる妹が作ったものだから、頼めば毎日食べられるわよ」
毎日?神が作りたもうケーキを?毎日?それを先に言えってんだよ。ったく。
「わーったよ!せ、先生」
「やればできるじゃない。3年間一緒にいてようやく呼んでくれたわね。うれしいわ。もう一回呼んでみて」
「用事もねーのに言うかよ!」
つーわけで俺、
そのプログラム内容は、類まれで人より秀でた能力を持った未成年の犯罪者が、その力を公務の為に使うことで、刑期短縮を約束するというものだ。
今回の場合は、残り刑期7年の所を、1年間の公務をこなせばチャラにしてくれるらしい。
俺としては、そんなめんどくさいことをやりたくないと断り続けていたが、先生が交渉材料として持ってきたケーキに抗うことができず、落ちてしまった。
そしてその類まれで人より秀でた能力って言うのが、いわゆるハッキングってやつ。
当時、わずか14歳の少年が銀行から30億円もの大金をだまし取ったと世間を賑わせたが、人々は信じられず、その手法について連日報道合戦をしていたらしい。
銀行側がいまだに対策ができていないとの理由で、ハッキングした方法は世間には公表されていないが、それはまた追々。
発展が目覚ましいIT業界で、3年間のブランクがどう影響してくるか分からないが、どうせ受け入れる大人たちも上の命令に従っているだけだろうし、適当にあしらっていればそのうち終わるだろう。
だが困ったことがある。それは、公務を命じられた場所がよりにもよって、俺を捕まえた警察庁サイバー局だってこと。はたしてうまくやっていけるだろうか。
一週間後
そんなこんなで、少年院と言えども、3年間もいたら、それなりに住み慣れてはきていたが、こことも今日でお別れ。
晴れて出所とはいかず、なんだか首輪をつけられてのような気分ではあるが、俺は先生の家へ行くこととなった。
俺は先生が運転する車の助手席に座り、ラジオから流れるジャズに耳を傾けながら、窮屈な暮らしから解放される喜びと、走る車の路面から伝わる振動で、心と体のスイングが合わさるのを心地よく感じていた。
それと同時に、正面から差し込むオレンジ色の西日が眩しいと目を細めたが、日除けは下げないまま、今までとはどこか違う陽の光を、何が違うのか考えながらそれを浴び続けていた。
この先に待ち受ける人々との交流を通じて、成功や挫折を繰り返して成長していく俺は、人と人とのつながりがこれほどまでに尊く、豊かな人生とするためには必要不可欠であるということを知る由もなかった。
でもしかし、初めて人を本気で好きになり、その大切な人との別れがこれほどまでにつらいんだったら、俺は知らないままでいたかった。
人物紹介
銀行をハッキングした罪で少年院へ
更生プログラムによってホワイトハッカーへと転身
好物はケーキ 両親は行方不明
短髪 長身 細マッチョ
法務省保護局更生保護振興課社会復帰支援室
少年院の指導員として杏太郎の面倒を3年間見ていた
今後は保護者代わりとして家で預かることに
容姿端麗 スーツが似合うサバサバ大人女子
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