第37話 パウンドとポイズン④
17時から始まったそれは、20時を過ぎた頃に準備が整った。
俺は角嶋さんが作ってくれた渾身の出来立てアプリを、崩れないよう丁寧にネット上へアップしてシャベッターのツブアンアカウントで使用を呼び掛けた。
”今日はみんなに聞いてほしいことがある。
ツブアンこと俺、津部杏太郎は今まで悪さばかりしてきた。たくさんの人に迷惑をかけて好き放題生きてきた。悪い大人に囲まれてこの世界が嫌いになった。でもそれは全て間違っていた。
それを気づかせてくれたのは家族のように接してくれた人や同じ職場の仲間だった。どうしようもなかった俺を、すぐ近くの周りの人たちが手を差し伸べて助けてくれて成長できた。
俺はもっと成長したい。
俺はもっとこの世界を好きになりたい。
今度はこのアカウントの向こうにいるみんなに助けてほしい。
下のリンク先にあるアプリをダウンロードして実行してほしい。
スマホ、パソコン、タブレット。何でもいい。みんなの力で、みんなの善意でこれから始まる物語を見守ってほしい。
そして、お世話になった人たちに恩返しをさせてくれ。
どうか、どうか、よろしくお願いします。”
『シャベーリする』ボタンを押し、俺をフォローする100万人に向けて発信した。
突然公表した俺の本名と、何が行われるのか全く分からないアプリに人々は警戒し、ダウンロード数は伸びないでいた。
すると、あるアカウントがリシャベーリしてくれた。
警察庁アカウントだ。これはきっと原課長が手を回してくれたんだろう。公的な機関が後押しをしてくれたおかげでダウンロード数が少し伸びた。
でもまだ足りない。
しばらくすると、フォロワー数1000万人を超える国内外で大人気覆面ラッパーの『ダイフク』という人物のアカウントがリシャベーリして後押ししてくれたと同時に、彼からダイレクトメッセージが届いた。
”キョウ君!この前の誤認逮捕を助けてくれたのキョウ君だったらしいね。後から知ったよ水臭いじゃないか。
きっと君の事だ、超クールな事をするんだろ?助けてくれたお礼に協力させてくれ。善意はつながるんだYO”
イフ君?!俺は少年院時代、イフ君に助けてもらったお礼をしたつもりだったが、そこからまたお返しが来た。
確かに善意はつながる。ありがとうイフ君。
イフ君のおかげで目標としていた端末数500万台に達し、それは完成した。
巨大仮想スパコンのスパイダーネットスーパーコンピューター
『スパットコン』が!!
角嶋さんの管理モニターに表示された無数の端末が計算式を待っている。
端末の種類や性能が分類された綺麗なグラフィックはまるで、宇宙の真理を解き明かしてくれそうなものであったが、今回は俺にとってもっと大事な事を計算してもらう。
それは今から1年前の2024年5月20日の再現だ。あの時何が起こったのか、これからこの目で確かめさせてもらう。
俺は航空会社の訓練施設にいる原課長と、科捜研にいる荒木戸さんにテレビ電話をつないで話しかけた。
「二人とも、準備はいいか?」
「いつでもいいですよ。シミュレーターパイロットもOKサインを出してくれています!」
「いいわよ津部さん!」
俺は、すぐ横にいる角嶋さんに目で合図をして、太陽フレアのシミュレーションから始めた。
まずは事故2週間前の太陽の表面で起こる爆発から再現することとした。
この日から観測された大小さまざまな爆発の正確な位置と大きさを再現することによって、数日後に地球で起きる現象を再現させることができる。
仮想スパコンに協力してくれるユーザーがどんどん増えていき、シミュレーションは早送りを出来るほどに高速な計算結果を算出してくれるまでになった。
開始して数分後にとうとう、飛行機が出発する5月20日の8:00に到達した。
「では、荒木戸さんは気流と海洋流体のシミュレーションを始めてくれ」
「了解!」
「原課長!時間だ!出発の合図を出してくれ!」
「了解しました!キャプテン!離陸許可が出ました!定刻でお願いします」
「ラジャー!テイクオフ!」
サイバー局の大型モニターにフライトの映像を映しだし、それを凝視した。
順調に出発し、航路も当時のモノをなぞっている。順調だ。
そして問題の10:00付近になると、太平洋上に謎の気流が発生した。
「津部さん!これは、ジェット気流よ!こんな季節のこんな場所に出ていたなんて完全に想定外だったわ。きっと昨今の気候変動の影響が出たのね」
俺は薄々そうではないかと考えていたが、やはり発生していたか。荒木戸さんの正確なシミュレートがあってこその真実。
あとは太陽フレアがどう影響してくるかだが、、、
「津部君!突然機体の全機能が停止しました!これはどういうことでしょう?!」
やはり来たか。
「原課長!それは太陽フレアの影響だ!そのまま操縦を続けてもらってくれ!それからエンジンを2基とも使えなくなった想定を出してくれ!」
「太陽フレアで機器が使えなくなったのは分かりましたが、どうしてエンジンを2基とも停止させるのですか?」
「とにかく最悪の状況をシミュレートしたいんだ。磁場が狂いだし、近くにいた渡り鳥が方向感覚を失ってダブルバードストライクになったというところまで。機長が近くのジェット気流に乗ってグライダー航法が出来れば仮説が立証される!そして、墜落もしくは不時着地点がわかるはずだ!」
飛行機は金属の箱のようなものなので、もともと外からの電磁波には強い。だが、この時は違ったんだ。
一つ一つは小さな太陽フレアであっても、幾重にも重なって超強力な超局所的太陽嵐が発生していた。それにより全ての通信手段が封鎖され、パイロットはわずかに動く操縦桿で機体を操る。
この突発的に発生したジェット気流がどの方向にどれだけの距離だけ機体を運んだのかを、今ここで導き出す!
そして機体は当初の捜索範囲とは大きく離れた場所に不時着した。場所は南に大きく外れたキャラメ諸島付近だった。
「津部君!不時着した近くに島がありますよ?!今すぐ内閣衛星情報センターの情報収集衛星で付近を撮影してもらいます!」
さすが原課長だ。俺からお願いしたこと以上の手を、あらゆるところに回してくれていた。日本が持つ高解像度の偵察衛星で撮影されれば何か手掛かりがあるかもしれない。
サイバー局のフロアにある大型モニターに衛星から撮影された画像が映し出された。不時着したと思われるキャラメ諸島周辺の島々を一つ一つ丁寧に映し出していた時だった。
「やっぱりここにいたのね杏太郎君。残業はしない約束でしょ?心配しちゃったじゃない」
帰りの遅い俺を心配して、先生がサバイブに顔を出した。
俺が先生に気を取られていると、大型モニターを見つめていた人たちが歓声を上げ始めた。
振り返り、俺もそのモニターを見上げると、画面に映し出された島の地表に石を並べて作られた『SOS』の地上絵と共に、近くに人影が写っていた。
「すぐに偵察用戦闘機を飛ばしてください!」
いつのまにか横にいたサイバー局長が電話越しに大きな声で、どこかに指示を出していた。
歓喜に包まれるフロア全体を見た先生は、一体何が起こっているのか分からずに、あっけにとられていた。
俺は喜ぶみんなとは対照的に頭を抱えてしまった。
正直、俺にとって一番恐れていた結末が待っているのかもしれない。
これは奇跡なんかじゃない。バグだ。
コンピュータープログラムの中だけに潜んでいる誤りだと思っていたのに、現実世界にもバグがあるだなんて、俺は聞いてない。
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