第38話 寒天とサバイバル①

 2024年5月20日 9:00 太平洋上空


「今日は快晴で風も無く、時間通りで順調ですね、越野こしの機長」


「確かに全てが順調だ畑瀬はたせ副機長。ただ僕には、順調であればあるほどその後に悪いことが起きるというジンクスがあるんだ。だから今は、乗客の皆様には申し訳ないけれど何か細かいトラブルを望んでいるよ。あはっはっ」


「ちょっと!冗談でもまずいですって越野機長。フライトレコーダーに残っちゃいますよ」


「いいんだよ、何もなければ聞き直すなんてことはしないんだから。それにパイロットにとって搭乗者全員の安全が何よりも一番大切だということには変わりないだろ?」


「確かにそうですけど、、、ではパイロットにとって2番目に大切なものって何ですか?時間ですか?技術ですか?」


「2番目か、、、何だっていいんだよ。名誉でも、お金でも、やりがいでも。

 ただ、僕の場合は家族だけどね。安全に運航して妻と子供の元へ帰る。これ以上は何も望まない。少しぐらい定刻を過ぎてもいいし、揺れたっていい。とにかく僕は安全第一で、それとほぼ同等の2位に家族なんだってことを覚えておいて」


「勉強になります。自分も早く越野機長のような美しい奥様とかわいいお子様のいる家庭を築きたいものです」


「コラコラ、おだてても何も出ないぞ。畑瀬副機長。あはっはっ」


 定刻通りに出発したジパングエア555便羽田発ハワイ行。飛行機のコックピットではリラックスした状態で、安定した飛行が保たれていた。


 10:00 太平洋上空


「機長!あれは何でしょう?!」

「ん?!渡り鳥の集団だ!でも変だな。方向感覚を失ったように蛇行している。まずい、機体にあたるぞ!」


 バン!バン!


 避けようとしたが間に合わずに衝突してしまった。さらに不幸なことにエンジン部分に。そしてもっと不幸なことに両方のエンジンに。


「ダブルバードストライク?!」

「メーデー!メーデー!ダメだ、通信機器が使えなくなっている。なぜだ?!機体の電子機器全てがいかれてる!」


「焦るな、畑瀬副機長。操縦は私に任せて君は復旧マニュアルの手順に沿って何度も繰り返すんだ」

「ラジャー!」


 わずかに動く操縦桿を握りしめた越野機長は、長年の経験と勘を駆使してこの危機を脱しようと奮闘した。


「ダメです機長!機体がもちません!」

「あきらめるな!僕たちはみんなの命を預かっている。最後まであきらめるな!」


 電子機器の故障、ダブルバードストライクに加え、突如現れた乱気流によって機体は大きく揺れ続けた。

 客室ではCAによるシートベルト装着と頭を下げるようにとの警告が連呼されると同時に、乗客の悲鳴が飛び交う。


 87名を乗せた機体はまるで、木の葉がつむじ風に煽られ続け、舞い続けるように1時間以上も大きく揺れながら飛び続けた。


 徐々に高度を下げていき、海面に近付いた時、越野機長が叫んだ。


「衝撃に備えろ!」


 ザバーン!


 越野機長の卓越した技術と聡明な判断で海面上に不時着した機体。

 CAは訓練通りに乗客へ救命胴衣の装着を促し、脱出口を開き、エアーで膨らんだ脱出用スライドへと誘導した。

 越野機長は全員が脱出できたか、機内を2往復して確認した後、自分も脱出した。


 機体から切り離された2本の脱出用スライドは、ボートとなった。

 波で揺れるボートの上から、誰もがこれが現実だとは思えないといった顔つきで、大海原へ沈みゆく機体を眺めていた。


「みなさん落ち着いてください!すぐに救助が来ますから!安心してください!」


 越野機長は全員を落ち着かせようと、大声で乗客へと呼びかけた。

 だが彼は、使えなくなった電子機器を見ていたため、救助信号は届いておらず、助けが来るのはしばらくかかるだろうということを感じ取っていた。


 CAはボートの居場所を知らせるため、備え付けられていたサバイバルキットの中から、ダイマーカーを取り出し、その粉を海面にまいて海水を緑色に着色した。

 そして、2つのボートがはぐれないよう、しっかりとロープでつないだ。


 越野機長は不安定なボートの上を歩いて、ある二人に近寄った。

「お義父さんお義母さん、大丈夫ですか?」

「ああ、ワシたちは大丈夫だ。それよりも皆さんの事を第一に考えてやってくれ」

「そうですよ。身内の私たちは後回しでいいですから、雅則まさのりさんの職務をまっとうしてください」


 乗客として乗り合わせていた義理の両親の心配をしたが二人は大丈夫だと言い、婿養子である越野機長は安心した。


 飛行機が墜落したにも関わらずパイロット2名、CA5名、乗客80名の全員が生きていたことが奇跡であった。

 しかし、これから救助されるまでに1年もかかり、最終的に救助される人数が変わってしまうことになるとは、誰もが予想できずに恐怖と不安だけが彼らを包み込んでいた。

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