第39話 寒天とサバイバル②

 墜落、遭難、漂流から24時間が経過した。


 味のしない非常食を分け与えられ、助けが来ないことにいら立ち始めた乗客の一人が怒りをあらわにした。

「いつになったら助けが来るんだ!俺はこんなところで死にたくない!そもそも何で墜落したんだよ!機長は居眠りでもしてたのか?このヘタクソが!」


「お客様。落ち着いてください。もうしばらくの辛抱です。墜落の原因は後から明らかになると思いますが、私の予想では太陽嵐ではないかと思っております。

 皆様のスマホやデジタル時計が使えなくなっているのがその証拠です。ここは協力し合っていきましょう」


 なんとかその場を収めた越野機長であったが、自分を含めた87名全員がこの極限状態に置かれていることにストレスを感じていた。


 そこからさらに24時間が経過した。


 全員が乗ったボートは目立つよう、オレンジのシートで屋根が作られていたが、キャラメ諸島の日差しは強く、漂流者の体力をじわじわと奪っていった。

 辺りは見渡す限り海であったが、わずかに水平線から飛び出た何かを見つけた。


「島だ!!」


 誰かが叫んだ。全員でその方向を見ると確かに島がある。これで助かると思った一同。体力の余っている者たちが海へ入り、必死でボートを押しながら島の方へと泳いだ。


 やっとの思いで島へとたどり着いた一同は、長く続いた揺れから解放され、これで助かると安堵の表情を浮かべていた。

 だが、ここからが本当のサバイバルの始まりだった。


 男数名で二手に別れ、住民はいないかと島の散策に出かけた。

 1時間後、二手に分かれていったはずの捜索隊が、なぜか合流して一つのグループとして戻ってきた。

 どうやら無人島だったらしい。

 ここで初めて、一同はまだ助かっていないとわかった。


 希望からの絶望。肩を落とす一同に、機長が呼びかけた。


「きっと多くの人たちが私たちを探し出すために手を尽くしてくれています。

 きっと多くの人たちが私たちの帰りを待っています。

 私達にも出来ることをしましょう。回りの石を集めてください」


 皆は協力して小石を集めた。

 どうか早く見つけ出してくれと願いを込めながら石が積まれていき、海岸の白い砂浜に『SOS』の地上絵を作り出した。


 遭難から5日目


 飛行機から脱出する際にCAが持っていた救難食料はとうに底を尽き、本格的に長期サバイバルへ向けた戦略を迫られていた。

 幸い、ボートに備え付けられていたサバイバルキットには、サバイバルマニュアルや万能ナイフなどがあった。

 だが、87名が生き延びるとなると全員が協力し合わなければ乗り切ることはできない。そのことを全員が承知した。

 そして彼らは、『運命共同体』として組織編成を行うこととした。


 食料班、生活班、救難信号班、衛生班、そしてそれらをまとめる統括班といった具合に。


 越野機長は全員と面談して、持っていたメモ帳へ氏名や年齢、職業を書き出していき、それぞれが合いそうな班へと割り当てた。

 料理人、医師、看護師、大工、自衛官など、様々な業種の乗客がいたことがせめともの救いだった。

 中には非協力的な乗客もいたが、越野機長は少しの辛抱だと丁寧に説得して回った。


 漂着した無人島は外周が5kmほどの小さな島ではあったが、湧水があったり、海岸には多数の漂着物があったりで、少しの間なら生き延びることが出来るのではないかと誰もが思っていた。

 食料班がサバイバルキットに入っていた釣り針と糸で魚を釣り、生活班が調理をした。満足はできないが飢えることなく生きていくことはできるまでになっていくのであった。


 遭難から20日目


「一体いつまでこんな生活が続くの?私、もう限界よ」

「そうだ!すぐに助けが来ると言っていたのはウソだったのか?!」


 ある一組のカップルが越野機長に詰め寄った。

 連日にわたって同じような苦情を聞いて、対処していた越野機長であったが、彼も疲れがピークに達していた。


 そこに、一人の女性が割って入った。


「そうよね、限界よね。わかるわ。でもね、私チョットこの状況が楽しくなってきちゃったわ。

 この年になるまで、飛行機が怖くて避けてたのに、勇気を出して初めて乗った飛行機が墜落して遭難してサバイバルしているなんて。絶対に日常では味わえないでしょ?だからね、夜空に満天の星空を眺めたり、獲れたての新鮮なお魚を食べたりできて、今はワクワクドキドキで楽しんでいるの。

 あなたたちは新婚旅行?みんなに自慢できる最高の旅行が出来てよかったじゃない。考え方を変えてみて一緒に楽しみましょうよ」


 半ば強引に苦情をはねのけたは、越野機長の義理の母親である越野いずみであった。


「助かりましたお義母さん」

「いいのよ。あなたも無理しないで逆切れしてもいいのよ。どうせここにいたら苦情を入れるところなんて無いんだから。あはっはっ」

「おいおい、母さん。雅則まさのり君を守ったのはわかるけど、けしかけちゃいかんよ。あはっはっ」


 泉といつも一緒にいる夫の越野勝治かつじが話に交じって笑った。


 60歳になってもなお元気な二人。

 娘である恵梨香と美佳の勧めで、婿養子の雅則が操縦するならと意を決して搭乗した飛行機が墜落したにも関わらず、こんな時でもいつも笑い合っている仲のいい夫婦。


 越野機長は二人に勇気をもらい、妻の恵梨香と娘のくるみを思いながら、必ず帰ってみせると、心に誓うのであった。

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