第5話 お出掛け、そして遭遇
昨日の約束通り美郁とショッピングモールに向かうため準備を整える。昨日カットしてくれた美容師さんに教えてもらったセットの仕方で髪型を整え、無難な服をチョイスする。
あまり出かける感じの雰囲気ではないが、諒也コーデよりはかなりマシな方だ。
先に準備が出来た俺は美郁の準備が出来るまでリビングで待つ。美子さんも今日は友達とお出掛けらしく朝食の準備を済ませた後、俺達より先に出掛けていた。光四郎さんは昨日遅くに帰ってきたのに、朝も早く会社に向かっていた。何でも今大変な時期らしい。
「お兄ちゃんお待たせ!」
準備を整えて俺の前に現れた妹は、わかっていたが、やっぱり超絶美少女だった。
ゴシック系ガーリーといえばいいのだろうか、ゴスロリほどの幼い感じは抑えつつ、カワイイを全面に展開した黒と白のワンピース姿。
長い髪を両サイドに纏めた俗に言うツインテール、化粧など必要ないくらい美形なのに薄っすらと化粧を施したことでより美しさに磨きが掛かっていた。
「…………」
そんな妹を目の前にして情けないことに言葉が出なかった。
「えっと、お兄ちゃんどうかな?」
俺が無言だったため心配顔で美郁が見つめてくる。
「あっああ、凄く似合ってるよ、あんまり綺麗でビックリしたくらいだ」
慌ててフォーローしたために言わなくても良いことまでつい口にしてしまう。
「えっ、そっそうかな? でも、お兄ちゃんも気に入ってくれたみたいで良かった。僕もこの服好きなんだー」
そう言って無邪気に笑う美郁に目を奪われる。
いや本当に諒也と俺自身の記憶が無ければ、無条件で惚れてしまうほどの可愛さだ。
「ああ、本当に綺麗で可愛いぞ。それなのに済まないな、そのさえない格好で」
諒也の記憶にある「隣を歩かないで」という言葉が頭をよぎる。諒也の持っている服の中では一番マシな方なのだが、やはり美郁と比べると見劣りするのは隠せない。
もしかしたら諒也も今の俺と同じ様に美郁に対してコンプレックスを抱いたのかもしれない。
「そんなことない! 今のお兄ちゃんはカッコいいよ世界で一番。服はこれから買いに行くんだし気にしなくても良いよ、今迄に比べたら断然マシだし」
世界一は褒め過ぎだと思うが、俺をフォーローしようとしてくれる美郁の気持ちは素直に嬉しかった。本当に良い子に戻って良かった……。
そんな朝のやり取りの後、戸締まりして目的のショッピングモールに向う。
最寄りの駅に向う道すがら、やたらと美郁が俺の手と自分の手を気にしてソワソワしていたので、思い切って美郁の手を掴んで握る。
以前なら「触るな、気持ち悪い」とか言われそうだが、今の美郁がそんなことを言うわけがなく、嬉しそうに笑うと手を握り返した。
そのまま駅に到着し丁度着ていた急行に乗り込む。車内は他にイベントでもあるのかいつもに比べて人が多く座れなかった。目的のショッピングモールまではそこそこ時間がかかるので、少し遅くなっても各駅停車で行けば良かったと後悔する。
そんな俺の顔色の変化に気づいたのか美郁が心配そうに小声で話しかけてくる。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、次の電車にすれば良かったなって……その立ちっぱなしはキツイだろう」
「もう、過保護すぎだよ。でも気にしてくれてありがとね、お兄ちゃん!」
そんな嬉しそうに笑う美郁の後へあきらかに不自然な動きで見知らぬ男が近づいてくる。
俺は咄嗟に間に入り、男を睨みつける。
男の存在に気づいた美郁が俺の後ろに隠れる。
「なんだよお前」
「あなたこそどなたですか? 俺の妹になにか用事でも」
「ちっ」
男は舌打ちするとその場から離れた。
「知り合い?」
「うーん、見たことある気もするけど」
美郁が首を傾げて悩む仕草を見せる。
どちらにせよ、親しい知人の近付きかたではなかった気がする。
まあ、美郁の美少女っぷりにあてられた不埒な輩の一人であるなら気を付けておこう。
「まあ思い出せないならいいよ、それより変なのに絡まれそうになったら直ぐに助けを呼ぶんだぞ」
「えー、お兄ちゃんは助けてくれないの?」
「もちろん助けるさ、最優先で」
そう言って美郁に笑いかけたその先で見知っている顔が目に入った。
瀬貝勇人、伯東の彼氏で諒也が事故に巻き込まれる前、その伯東とキスを交わしていた人物。
そいつがじっと俺に気づきもせずに美郁を見ていた。
何となく面白くなくて、次の停車駅で空いたドア横へと美郁を移動させ、覆うように俺が立つことで視線から隠した。
「んっ、どうしたの?」
「いや、また変なのが近づかないようにな」
何となくだが、瀬貝の存在を美郁に知らせたくなくて咄嗟に誤魔化した。
結果的にそれが良かったのか、その後は美郁に近づく輩もおらず、瀬貝もスマホの方に意識を移していた。何故か美郁の機嫌もさらに良くなっていた。
そうして目的のショッピングモールがある駅に到着すると、美郁から自然に俺の手を取り電車を降りて改札に向う。
ショッピングモールは駅を出てすぐの場所にあり、店舗としてはアウトレット中心で最新の流行りよりは、ひとつ前くらいのデザインのものが多く、懐には優しいいらしい。
因みにこれは諒也の記憶による知識ではなく、俺がネットで調べた情報だ。あまり諒也は外出することが少ないため、記憶からのお店や施設といったものの情報はないに等しかった。
「それでお兄ちゃん、どこから回る?」
「んっ、それなら先にミィの買い物から付き合うぞ」
「うん、ありがとう。でも先ずはお兄ちゃんをもっと格好良くさせないとね」
そう言って再び俺の手を取るとお店を回り始める。手頃な値段でデザインも悪くない店を見つけて、そこで丸着替えさせられた。
美郁が見立ててくれたコーデは奇をてらったものではなく、シンプルなもので俺的にも悪くなかった。
「うん、やっぱりお兄ちゃんは元がいいからシンプルな方が似合うよ、なんでいっつもあんなヘンテコな服ばかり着てたの?」
ある意味、それは俺が聞きたいのだが記憶は共有していても感情までは分からない俺は、諒也が何を思ってあんな格好をしていたのかは知る由もなかった。
「いや、何というか若気の至り?」
「ぷっ、なにそれお兄ちゃん、冗談も言うようになったんだね。面白くないけど」
「いや、ミィ最初に笑っただろう」
「えー、笑ってないよ。余りにもお兄ちゃんがつまんないこと言うから吹いちゃっただけだよ」
「いやいや、それを人は笑いと言うんだよ」
そんな俺と美郁が楽しい時間を過ごしていたときに美郁が何かに気付いて声を上げた。
「あっ!?」
思わず美郁が見ていた視線の先に目をやる。
「見ちゃ駄目」
その言葉は意味をなさず、しっかりと俺の視線の先には楽しげにデートする二人の姿が写った。
「その……ゴメン」
先程までの楽しい雰囲気が霧散し、何故か美郁が謝ると悲しげに俯く。
恐らく美郁は知っていたんだろう諒也が誰が好きなのかを。
諒也のため、代わりに悲しんでくれている優しい妹に思わず頭をポンポンしてしまう。
その瞬間やばいと思った。頭をポンポンされて喜ぶのはマンガやアニメなどの創作物だけで、現実の多くの女性は嫌がるとどこかで聞いていたからだ。
しかし美郁はそういった嫌がる素振りを見せず、不思議そうに俺を見上げた。
そんな美郁に俺は安心しつつ告げる。
「いや、知ってたから平気だよ」
「えっ、そうなの、いつ?」
美郁が本当に驚いた様子で尋ねてくる。
「入院してたとき、一日だけアイツが来た日があっただろう」
「うん、もしかしてその時に聞かされたの……うわっ最低だ、あの女」
美郁が悲痛な表情で僕を見る。俺的には伯東のことは何とも思っていないので、逆に申し訳ない気持ちになる。
「まあ、そんな女と分かったからさ気持ちも一気に冷めちゃったよ」
元々気持ちが無いので冷めるっていうのは違うが、評価が暴落したのは間違いない。
そういう意味で、美郁には俺の本音の気持ちを込めて伝える。
「そっか、だからか…お兄ちゃんは失恋を乗り越えるために変わろうとして……」
俺の本音を伝えたはずなのに、何故か美郁の頭には別のストーリが展開される。いやいや、全くもって恋になんて至ってないからと、思わず言いたくなったが、もしそれを言えば本来の諒也としてはおかしくなる為ジレンマに苦しむ。
そんな苦悶の表情の俺を見た美郁が、また勝手に勘違いすると俺を抱きしめてきた。
「大丈夫だよ、僕が居るから。もう僕は二度とお兄ちゃんに酷いこと言わないから、絶対に裏切るようなこともしないから……約束するね」
美郁の気持ちは純粋に嬉しいが、俺があの女を好きだったと思われることがなぜだか腹立たしかった。いっそここで洗いざらいぶちまけようとも思ったが、今の状況だと強がりにしか受け取めてもらえないかもしれない。
俺は釈明を諦め、失恋を乗り越え自分を変えようとする男を演じることにした。
釈然としないものはあるが、よくよく考えると、今でもそうだが、諒也と俺とでは考え方など必ず違ったところが出てくる。変わった理由として事故と合わせて良い理由付けになる事に改めて気付いた。
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