第14話 説得、すれ違う思い

「どっ、どうしたのお兄ちゃん凄く歌が上手になってビックリだよ」


「…………なんで」


 驚いた表情の美郁。

 対象的に悲しそうな悔しそうな何とも言えない表情を浮かべる伯東。


「その、なんだ練習していたんだよ」


「そっか、すごいねお兄ちゃん。どんどん変わって前に進もうとしてるんだね」


 苦し紛れの言い訳だが、美郁は前向きに捉えてくれたらしい。

 押し黙ったままの伯東が少し気になったが、話のきっかけには丁度良かったかもしれない。


「あのな、伯東聞いてほしいことがある」


「……うん」


 さっき迄テンションの高かった伯東が俯いたままだ。


「実はさ…………俺は伯東が好きだったんだ……その一人の女の子として」


 これは諒也の気持ちを代弁した言葉。


「えっ、うそ」


 俯いていた伯東が驚いて顔を上げる。


「だから伯東が瀬貝と付き合い始めたと聞かされたとき凄くショックだった素直に反応出来ない程に」


「そんなの、知らなかったもん……」


 伯東も自分が無遠慮過ぎたと気付いてくれたようだ。


「でも、同時に思った。今迄の俺は確かに伯東に好かれる努力を怠っていた。幼馴染というのに甘えて伯東が隣にいるのが当然だと思っていた」


 これは客観的に諒也を見た俺の言葉。


「当たり前だよ、幼馴染なんだし、リョウくんは間違ってないよ」


 どうやら伯東も諒也と同じように思っていたらしい。


「違うんだ。それは当たり前じゃないんだよ。俺は死にかけて、好きだった人がいなくなって気付いたんだ。大切なモノは簡単に壊れる。油断するとすぐに失くなってしまうことに」


 これは本当の俺の気持ち。

 確かに諒也は本当はイケメンでスポーツ万能で頭も良い隠れスーパーマンで以前の俺と比較してどちらが優れてるなんて言うまでもない。

 でも、やっぱり俺は思う。

 正巳として前の世界で彼女と一緒に笑って平凡な日常を過ごしたかったと。


 でもそれは一瞬にして崩れ去った。

 当たり前に続くものなんてないと知った。


「リョウくん……」


「だから伯東には、もっと全力で彼氏と向き合ってほしい、俺とのどっちつかずな間柄ではなくて……折角好きな人が居るのに大切な時間をそこに使わないなんて勿体ない、大切な人といる時間を無駄に使えば、後々絶対に後悔する。だから俺じゃなく彼氏の側にいてやれ、これはお願いだよ伯東」

 

 正直に言えば、伯東は理解しがたい面倒臭い女でここまで言うつもりもなかった。でも過去の俺、つまり諒也が好きだった子だ。

 このまま拗らせた関係を続ければ、彼氏との間に軋轢を生み伯東は板挟みになる。そんな分かりきった未来を、彼女が不幸になる展開なんて諒也も望んでいないだろう。


 それにここまで気持ちを込めれば、さすがに気の回らない鈍感な伯東にも伝わるだろう。

 そう思っていた俺が甘かった。


「やだ、やだ、やだ、やだよ、リョウくんがいなくなるなんてヤダ。リョウくんはずっとみかんの側にいるの、居ないといけないの、約束したじゃない。それに何で伯東っ言うのミカンはミカンなのに、ちゃんと名前で呼んでよ、ずっと側に居るって言ってよ」


 突然だだっ子になり泣き始める伯東。

 うん、これは予想の遥か斜め上を行く拗れっぷりだ諒也の記憶だけでは彼女がここまで執着する理由が全く分からない。

 情けないことに当惑している俺に美郁が救いの手を差し伸べてきた。

 

「いい加減にしてお姉ちゃん。お兄ちゃんの気持ちが分からないの? 自分の気持ちを押し殺してまで好きな人の幸せを願う気持ちが」


 俺としては、そこまでま大袈裟な気持ちではないのだが下手に水を差すわけにはいかないので黙っておく。


「だって、だってリョウくんが隣にいないなんて想像つかないよ、どうしていいか分からないよ」


 まるで小さな子供のように不安げな顔で俺を見る伯東。これは好きというより依存だろう。そう気付いて、何となくだが伯東が拗れている理由が少し分かった気がした。


「それはお兄ちゃんも同じだよ。いつも隣にいたお姉ちゃんがいなくなって不安な筈なのに、前を向いて進むために必死で自分を変えようと頑張ってるんだよ。見てよ、髪型だってキモい前髪モッサリから爽やかになったし、服だって何度言っても変えてくれなかった意味不明な恥ずかしコーデをやめてシンプルでスタイリッシュになったよ。勉強だって本当はやれば出来るのにずっと舐めプだったのを改めてちゃんと取り組んでる。歌だって気持ち先行して音外しまくってたのにすっかり上手になってたし……そうやってお姉ちゃんの背中を押すために、気持ちを振り切るために必死になってるお兄ちゃんの事がが分からないの?」


 俺を貶してるのか褒めているのか分からないフォローだが美郁的には涙目で語っているので俺のためを思って言ってくれているのだろう。


「分かんない、わかんないよー、リョウくんはずっとそのままで良いのに、変わらなくて良いよ。髪型はモッサリでキモくても構わないし、服だって奇抜で独創的な近寄りがたい格好でも構わない。勉強だって適当にやっても赤点とらなきゃ進級できるんだし無理しなくて良いよ、歌だって……歌だって、上手くなくて良いから私のために歌ってよ」


 そして自分の思いの丈を吐露する伯東。

 そこに諒也に対する思いは一見なさそうに見えて、こいつは諒也の駄目な部分でさえ当たり前に受け入れていた。

 それは諒也と伯東の二人にしか分からない思いなのかもしれない。

 それをぽっと出の俺が引き裂いて良いのかと躊躇してしまう気持ちもある。

 だからといって今までと同じような諒也として接することは不可能だ。


 だって俺は残念ながら諒也ではないのだから。


「伯東……俺はもう以前の俺に戻るつもりはないよ。だからお前も俺にこだわるな、きっと瀬貝もお前が受け入れた相手だ、きっといいヤツなんだろう。だからこれからは瀬貝を頼れ、何かあればやつに相談しろ、そして二人で幸せになれ、それが俺の願いだ」


「……お兄ちゃん」


「うっうっうう、やだ、やだよ、リョウくん」


 それでも泣きながら俺に縋ろうとする伯東。

 美郁がそれを妨げるように間へと入る。


「お姉ちゃん……それなら選んで。本当に大事なのはどっちなのか? ずっと一緒にいたいのはどちらなのかを」


 美郁が伯東に選択を迫る。

 これは、これで自分の気持ちに向き合って整理させるのには好都合かもしれない。

 そうすれば気付いてくれるかもしれない依存と好きの違いを、本当に大事なのは誰なのかを。


「…………分からない。分からないよ」


 頭抱える伯東。

 直ぐに答えを出せるものではないのは俺も分かっている。


「いいよ、直ぐに答えを出さなくても。でもひとつだけ言っておく、万が一伯東が俺の側に居たいと思ってくれたとしても、俺は前と同じように接することはもう出来ない、それだけは頭に入れてよく考えて結論を出してほしい」


 だから俺は伯東に告げた。

 これで万が一もなくなるだろう。

 伯東が欲しいのは依存できる諒也だから。


「その代わり。答えが出るまではお兄ちゃんに近づかないで」


 補足するように美郁が告げる。

 伯東は未だに俺に縋るような視線を投げ掛けてくる。しかし俺はそれに反応することはしない。


「…………帰る」


 俺がどうやっても手を差し伸べてこない事に気付いたのか、目を真っ赤にしてトボトボと帰り支度を始める伯東。

 その姿はさらに哀愁を誘う。だがここで変に情をかければ考えてもらう意味が無くなるそうなので声は掛けない。


 部屋から出ていく伯東を二人で見送る。



「ごめんなさいお兄ちゃん。余計なことを言っちゃって」


「いや、助かったよミィ。俺一人だとさすがに説得するのは難しかった」


「でも、おねぇ……あの人がお兄ちゃんと居ることを選んだらどうするの?」


 美郁が嫌な仮定を尋ねてくる。


「どうもしないよ、言った通り、俺は今の俺として伯東と向き合うよ。ただあれだけ言えば分かってくれたとは思うけど」


 俺として変な執着は捨てて瀬貝とイチャイチャでもなんでもしてほしい。


「分からないよあの人だし、でも、でもさ、もしそうなった時には、いきなり付き合ったりしないってことだよね」


「ああ、それは無いなー、瀬貝にも悪いし」


「良かった。なら僕にも……」


 俺の答えに嬉しそうな表情を見せる美郁。


「なにが良かったんだ?」


「いや、何でも無いよ、それより話も付いたんなら僕達も帰ろうよ、それともまだ歌う?」


「いや、帰ろう。さすがに俺も精神的に疲れたよ」


「うん、分かった。明日の朝は平和そうだしね」


 今朝のことを引き合いに出して美郁が笑う。

 俺は苦笑いを浮かべて部屋を出た。


 精算時、受付の男性スタッフは入店時に比べてなんだか嬉しそうな顔をしていた。

 どうやら伯東が一人先に帰ったことで修羅場になって俺が振られて「ざまぁ」とか思っているのかもしれない。

 まあ、気持ちは分かる。俺も元はフツメンだリアルなハーレム野郎がいたら腹立つ気持ちは同意出来るので穏便に立ち去ろうとした。

 しかし、美郁はその視線が気に入らなかったようで俺の腕を巻き付くように掴み取ると挑発的な笑みを店員に向ける。

 再び嫉妬に満ちた目に変わってしまったスタッフに心の中で謝りながらカラオケ店を後にした。


 後でどうしてあんなことをしたのか聞いてみたら、お兄ちゃんをバカにしているみたいでムカついたかららしい。本当に入院前からは想像もつかない美郁の変わりようだ。正直少し注意しようと思ったのだが俺のためと聞けばそれも出来ない。

 俺も妹としての美郁に甘くなってしまったものだと自嘲しながら二人で仲良く家に帰った。



 


 

 

 

 

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