第13話 ラウンド2、DRAW?!

 丁度最寄りの駅に着く少し前に美郁から『今ついたよ』とメッセージが届いていた。


 直ぐに『もうすぐ着く』とメッセージを送り返しておく。


『分かった。北口と南口、どっちの方に行く?』


『北口』


 伯東とよく行っていたお店は北口だったと記憶していたのでそうメッセージを返す。


『了解。改札にて待つ!』


 待ち合わせのやり取りとしては色っぽさも何も無い事務的なやり取り。俺には兄弟は居なかったので分からないが、普通に妹とのやりとりなんてこんなものだろうと思う。


 駅のホームから改札までは、さすがに早足で伯東を置いていくような真似はせず、普通に連れ立って北口の改札に向かう。


「あれ、ミクちゃんがいるよ」


 伯東が待っていた美郁に気付く。


「ああ、俺が声をかけておいた」


「えっ、なんで?」


「さすがに彼氏持ちの女子とふたりきりは不味いし、ミィにも知っておいてほしかったから」


「そんなの幼馴染なんだから気にしなくて良かったのに」


 不服そうな伯東。

 こいつの中では幼馴染なら何をしても許される気がして怖い。


「それなら、ミィだって幼馴染だろう」


「そうだけど、最近リョウくん、ミクちゃんばっかりかまってる。あのネックレスだって……」


 もしかしたら、こいつなりに美郁に怒られた事をまだ気にしているのかもしれない。


「安心しろ、そういうのはいずれ彼氏がプレゼントしてくれるさ、俺なんかからもらうより何倍も嬉しいはずだぞ」


 俺はそう言って励ましてやるが伯東は煮えきらない様子でグズる。


「そうかもしれないげど……けど……」


 そんな伯東に痺れを切らせた俺は少しズルい手を使うことにした。


「そうか、分かった。不服なら話は今度にして、俺はミィと行くから。今日はここでお別れだ」


 こう言えば何となく伯東は美郁が一緒に来る事を認めると思い口にする。

 完全にへそを曲げて本当に帰ってしまう可能性もゼロではないが、その時はその時で別に構わない。


「やだやだ。ズルい、ミクちゃんとだけ楽しむなんて許さないから、私も行く」


「そうか、なら三人で楽しもうぜ」


「う〜、折角リョウくんとふたりきりで楽しめると思ったのに〜」


 そう言ってあからさまに肩を落とした伯東を連れて改札をくぐり美郁に声をかける。


「悪いな。急にお願いして」


「大丈夫。その人だけだと何するか分からないから、しっかり僕がコントロールしないとね」


 美郁は不敵に笑い視線を伯東に向ける。


「もう、私は何もしないよ」


「ハァ~、今朝のこともう忘れたの? 朝からお兄ちゃんに跨ってた人がよく言うね」


 美郁は伯東相手だとムキになる傾向があり、今も他人に聞かれると勘違いしそうな話を周りを気にせずしていた。


「ミィ、ほら朝のことは良いから。行くぞ」


 傍から見れば美少女二人を侍らせて修羅場ってる状況に見えなくもない事に気付き、この場から離れるよう美郁を促す。


「だって、この人朝のこと全然反省してないし」


「だって別に悪いことしてないよ、私はリョウくんに気持ち良く起きてほしかっただけだもん」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ明日からは僕がそうやって起こしてあげるよ」


「却下だ」

「駄目だよ」

(ダメ〜)


 さすがに美郁にあんな起こし方されるのは朝から刺激が強すぎる。伯東も自分はしておいて美郁がするのは駄目らしく反対する。それとは別に、反対する声が聞こえた気がしたが、空耳だろうか?


「えー、何でこの人は良くて僕は駄目なのさー」


 さすがに妹に対して、意識しすぎるからと兄としてキモい事は言えず一般論で押し通す。


「いやいや、普通に二人共駄目に決まってるだろう」 


「「え〜」」


 なぜかそこだけは意見が一致する美郁と伯東。

 こんなところで長話するのも宜しく無いので記憶にあるカラオケ屋に向かう。

 途中、誰か倒れそうになったらしく何人か人が集まっていた。まだ残暑が厳しいので熱中症かなにかだろうか。


 少し気になって横目で見たが、スーツ姿の美人なお姉さんが適切に介抱しており、これ以上のお節介は必要なさそうだったので通り過ぎる。


 そんな俺の横に美郁が並ぶと、さり気なく俺の手を握る。

 そんな美郁を見て自分も手を繋ごうと狙っていたのか、伯東がもう片方の鞄を持つ手をじっと見てくる。


「リョウくん。鞄持ってあげるよ」


「いや、大丈夫だ」


 俺の即答に悔しそうな顔をする伯東。イチャつきたいなら俺なんかより適任がいるだろうにと思いつつ。

 美郁も彼氏が出来れば妹ととはいえ手は繋がなくなるのだろうと考えると少し寂しくなる。


 そんなことを考えているうちに、いつものカラオケ屋に到着する。

 受付に向かうと男のスタッフが対応してくれたが、終始嫉妬と羨望の眼差しを向けられていた。客観的に見れば美少女二人を侍らせた状況なので気持ちは分かる。


 受付を済ませた後は、フリードリンクなので各々で好きな飲み物を持って部屋に行く。


 俺としてはすぐに話を始めたかったが伯東が速攻で曲を入力し歌い始める。始めて直に聞く伯東の歌声は思った以上に綺麗で聞き惚れてしまった。

 そんな俺の様子に対抗意識を燃やした美郁がすぐさま別の曲を入力し歌い出す。

 こっちも、こっちで澄んだ歌声に感動してしまう。

 途中から採点機能を付けてお互いに張り合う二人。俺としては二人の美声を堪能できる贅沢な立ち位置に収まっていたが、ついに二人が気付いてしまう。


「お兄ちゃん。歌ってないよね」


「そうだよ。リョウくんの歌、久しぶりに聞きたいなー」


 そう言ってマイクを向けられる俺。

 実は困っていた。

 この世界は過去の歴史や世界情勢、お店や品物の名前など全く同じところもあれば、このカラオケに来て気付かされた事のように、全く俺の知らないモノに変わっている時もあるのだ。

 ここで言うと歌もそうだ。元いた世界とは全く違う曲しかない。

 諒也の記憶に頼ろうにも、どんな歌かまでは分かるが、どんな歌い方をすれば良いかまでは分からない。


 困惑している俺に痺れを切らした伯東が俺に歌わせるために曲を入力する。


「リョウくんが歌う、この曲が好きなんだ」


 そう言って流れてきた曲は『愛し君へ捧ぐ』。

 元の世界の彼女が好きだった曲で、俺も何度か歌ったことのある曲だった。


 何故かは分からないが知っている曲が流れ始めたことで安心した俺はつい素で歌ってしまう。

 元の世界の彼女のことを思いながら。


 そうして歌い終えて二人の表情を見た瞬間、やらかしてしまったことに気付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る