第15話 痴漢はだめ、絶対に
翌日、平和な朝を迎えるはずだった。
目覚ましもまだ鳴っていない時間帯、腰のあたりに重みを感じで薄っすら目を開く。
「…………」
目の前には最近見馴れた顔。
俺は寝ぼけてるのか?
「…………てへぇ」
なぜか美郁が跨っていて誤魔化すように舌をペロッと出す。
「……あのなぁ、ミィが平和を乱してどうする?」
しかも昨日の伯東とは違い絶妙な位置に当たってる。何がと問われれば健康的な男性なら誰もが起こり得る朝の生理現象。そう朝おっきに。
「だってえ〜、あの人だけズルいから、ボクもとおもって〜」
「あー、それなら気が済んだだろう。降りてくれ」
なるべく余計なことを考えないようフラットに告げる。
冬ならまだ誤魔化せるが今は薄いタオルケット一枚で隔たれていだけの距離感だ。
自分ではどうにもならない生理現象とはいえ美郁に感づかれるのは気まずい。それこそ実の妹相手におっきしてると勘違いされてしまえば折角修復されてきていた兄妹の絆に再び亀裂が入りかねない。
記憶にある諒也のようにキモ兄扱いされるのは勘弁願いたい。
「え〜、折角可愛い妹が起こしてあげてるのに。お兄ちゃんは嬉しくなかったの?」
そんな俺に美郁がいたずらっぽく微笑む。
これは完全に伯東の悪影響だろう。
「確かにミィは可愛いが、朝はもっと平穏に起きたいんだけど」
「えっ、そんなボクのこと可愛いって……お兄ちゃん、朝からそんなこと言ったら照れちゃうよ」
そう言って俺の上でモジモジしだす美郁。
いや、擦れると鎮静化するどころか、噴火……まではさすがにいかないが、不味いことになると声に出して言えないもどかしさ。
これ以上は不味いと判断した俺は仕方なく強引な手段を取る。
俺はモジる美郁の手を掴むと胸元に引き寄せるように引っ張る。
「あっ」
油断していた美郁は俺の胸元に顔を蹲せるような体勢になる。
俺はそのまま美郁を抱きかかえるようにして体勢を反転させる。
あっという間に上下が逆転し俺が覆いかぶさるような形になり美郁が呆気にとられポカンとして表情で俺を見ていた。
「イタズラも程々にな」
俺はそう言って笑うと鼻を小突く。
これは子供の頃に諒也が美郁を注意するときに良くやっていた仕草だ。意識していた訳ではないが咄嗟に出た。
その後は直ぐにテントが張っているのを悟られないように起き上がり、顔を洗いに行くと告げてそそくさと部屋を出た。
その後は普通に平和な朝食タイムだったが美郁は少しぼうっとしていた。
少し心配になって「今日も途中まで一緒に行くか」と尋ねたら。
顔を真っ赤にして「今日は日直で急がないと友達が危ないから」と慌てて準備をすると先に出ていった。
俺としては美郁の方が危なげに見えたが追いかけるのも過保護過ぎると思い普段通りに家を出た。
幸いご近所の幼馴染とも出くわす事なく駅まで付くといつもより多い人集りで掲示板には事故により遅延が発生していると情報が出ていた。
おかげで電車は来たものの、いつもなら多少余裕のある車内は混雑している状況だった。
そんな中で偶然にも俺の目の前には、昨日俺を睨んできた白髪の女子が向き合う形で居た。後で教室で気付いた事だがどうやらクラスメイトだったらしい。名前は……諒也の記憶にはなかった。彼女も含めて今度クラスメイトの顔と名前位は一致させるようにしよう。
そんな何気ないことを考えていると、昨日の殺気を放っていた人物とは思えないほど怯えていて、何かに耐えるように俯いていた。
直ぐにピンと来た。
恐らく痴漢だと。
直ぐに助けようと思ったが、昨日の様子だと俺になぜだか敵意を抱いているフシも見受けられた。
このまま助けても冤罪でとばっちりが来るんじゃないかと思って躊躇しそうになる。
でも、名前も知らないまま敵意を向けられていたとしても、クラスメイトが痴漢という卑劣な行為に苦しんでいるのに放って置けない。
俺は意を決して彼女に話し掛けた。
「大丈夫? 苦しそうだけど」
わざと周りに聞こえる位な声で。
それと同時に白髪の子の後ろにいた見たことあるような男が不自然に体勢を変えた。
「あっ……」
いきなり俺に声を掛けられて驚いたのか顔を上げる。痴漢から解放され安心した表情が俺を見るなり困惑したものへと変わる。
「ほら、同じクラスの久方だ。あまり話したことないけど、その、ほら……辛そうだったから」
「うっ、うん、ごっごっめん、そっそのありがとぉ」
困惑気味だったようだが俺が間接的に助けに入ったのは分かってくれたらしく、少し安心した表情に変わる。
この状況でまた手を伸ばしてくるつもりは無いだろうが、不自然な動きをした男に注意を払う。出来れば捕まえたいところだが明確な証拠が無いため今回は見逃すしかなかった。
「我慢できないようなら次で降りる? 状況なら俺も学校に説明出来るし」
まだ少し震えてる様子だったので心配して再度声を掛ける。触られる事はなくなったとはいえ周りに卑劣な人間がいることに変わりわない、きっと不安なのだろう。
「だっだいじょぶ」
彼女は首を横に振って答える。
これが美郁なら側に引き寄せて安心させてやれるがさすがに顔見知りだけの子を、しかもさっき迄男に怖い思いをさせられていたのだから簡単にはいかない。
「そっ、その夏休みは楽しめたか?」
混雑の中で安心させるために他愛の無い話をふろうとしたが話題か唐突すぎたかもしれない。
「えっと、そっそのにょ入院しててぇ」
「あっそうなんだ奇遇だな。俺もだよ……」
とまでは話が合ったが、そこから何を話せばいいのか話題に詰まる。
「あにょにょ、あにゃたわ、にゃんやでわたしを助けたのですか」
男への恐怖心からか視線をキョロキョロと這わせ落ち着かない様子。
「普通、クラスメイトが困ってたら助けるだろう」
俺がそう伝えたところで学園前の駅に着く。
彼女が降りるまで怪しい男に注意を払っていたが特にそれ以上は何もしてくる気配はなかった。
電車を降りるとすぐに彼女は頭を下げてきた。
「ほっ本当にありがとぉございましたぁ」
そう言って踵を返すと一目散に走り去って行った。
まあ、棘が取れたぶん、ましになったと思おう。
俺もその後、のんびりと学校に向かった。
教室に入ると視線が集まる。
自分が注目される感覚に慣れていない俺は居心地の悪さを感じつつ席に着く。
すると昨日と同じように楓が俺の席まで来ると話しかけてくる。
「ねえ、今日は伯東さんと一緒じゃないの?」
最近は一緒に登校した記憶はないが楓の中では俺と伯東は一緒に来ているイメージなのだろうか?
「今日は知らないな、瀬貝と一緒じゃなかったのか?」
「そう……勇人も今日は見てないから、私に聞かれても」
意外だった。昨日は一緒に帰っていたのに朝は一緒に登校していないらしい。
「紅葉、なんでそいつと話してるんだ?」
噂をすればというやつか、俺と楓の話しに割り込む形で瀬貝が話しかけてきた。
「別に誰と話そうが勇人には関係ない」
楓はそう言うとそっぽを向いて自分の席に戻る。
なぜか俺は八つ当たり気味に瀬貝に睨まれてしまう。
「あまり調子にのるなよ」
小声で意味不明な捨て台詞を残し瀬貝も自分の席に向かっていった。
どうにも敵視されているようだ。やはり昨日、伯東と一緒に帰ったのが気に食わなかった可能性は高い。
自分も幼馴染と帰っておいてと思わなくもないが大抵の人間は自分のことは許せても、他人には寛容になれないものだ。
『ふぅ』
と心の中で溜息を吐き、まだ来ない伯東の席に視線を送る。
伯東が言うには瀬貝も幼馴染は特別みたいなことを言っていたらしいが『全然そんなことはないぞ』と心の中でぼやく。
そのぼやいた先の幼馴染は結局朝礼までに姿を現さず、担任から今日は病欠だと告げられた。
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