第16話 転生者困惑する

  私はミークちゃんにとって最も危険だと思われる男を観察していた。


 それは意図したものではなく偶然だった。

 電車で私と背中合わせにクズ兄貴とその幼馴染の二人の会話が聞こえてきたからだ。


 あの男はミークちゃんを手籠に……いやまだ確定されていない以上希望的観測は残っている。

 箱を開けない限りミークちゃんは処女であり非処女でもある。

 といきなり思考がそれてしまったが、とにかくあのクズ兄貴はミークちゃんとも怪しい関係になっていながら、あのミカンという、ヒロインの中で唯一寝取られバッドエンドがあるクソビッチヒロインとも確かに繋がっていたのだ…………だいたい純愛系をうたっておきながら寝取られという爆弾を仕込む開発陣もどうかと個人的には思う。幸い推しでは無かったので被害は軽かったがそれでも嫌悪感はついて回る。

 実際メインビジュアルキャラの一人でありながらヒロインの人気では最下位。一部のコアな人達には受け入れられていたようではあるが。


 そんな私の中ではビッチ確定のハクトウミカン。

 実際、私は電車で確かに聞いたのだ二人の関係を示す会話を……思わずミークちゃんのことを思って殺気を放ってしまったのは失態だったけど。

 

 しかし驚いたのはさらにその後でミカンは大事な幼馴染を置いて、さも自分がヒロインのように主人公の元に駆け寄るクソビッチ。


 まるでミカンルートが確定したような出来事につい見入ってしまった。

 しかし彼女はすでに幼馴染のクズ兄貴と関係を持っていてメインシナリオが破綻している可能性が高い……あと考えられるとしたら、あの蛇足極まりないハーレムルートの線も考えらなくもないが。


 ショッピングモールでの事がありミークちゃんルートはついえたのは分かってはいたが、あのハーレムルートは勘弁願いたいところだった。


 しかし、私の願い虚しくそれを裏付けるように主人公君はビッチではなく楓紅葉と一緒に帰っていった。


 こうなったら仕方ない、何とかミークちゃんをクズ兄貴の手から解放しつつ、極力主人公君とも関わり合いにならないようにさり気なく誘導しなければならない。

 


 私は放課後、いま注意すべき二人の方を追いかけた。

 二人は遊びながら帰ってるのか追いかけては逃げ、逃げては追いかけるを繰り返しながら帰って行く。何なんだあの二人は?


 でも、登校するときに聞いた話なら、きっと駅に着いたら南口の方にあるホテルの方へ向かうと思って先回りしようとしたが、二人は北口の方へ歩いていく。

 よく考えれば、そういうホテルにはさすがに制服では入れないだろうことに気付く。

 慌てて二人の後を追いかけると、二人は少し揉めていた。話の内容はいかにもクズ兄貴らしい相手の弱みに漬け込むようなやり取り、しかも話によるとミークちゃんも巻き込み3Pすんのかよ、的なセリフで気付かされた。


 改札の先にミークちゃんも居合わせていたことに。

 それからはまさかのクズ兄貴を巡ってのプチ修羅場。ビッチにいたっては朝から跨ってとか堂々とハレンチなことを言う始末。


「ふーん、そうなんだ。じゃあ明日からは僕がそうやって起こしてあげるよ」


 と、ミークちゃんもハレンチ参戦を表明したため思わず否定の声を上げる。


 衝撃的なミークちゃんの言葉に頭に血が登ってしまった事と暑さからか、目眩がしてふらつき倒れ込みそうになる。


 たまたま近くにいた美人のお姉さんが支えて介抱してくれて助かった。

 しかし、そんな私をあざ笑うかのようにクズ兄貴は私を横目で見ながら通り過ぎて行く。


「行かないと……」


「だめよ、少し休まないと」


 私を支えてくれていた美人のお姉さんが止める。

 それでも私は行かないと行けない、展開的には違うところもあるが、状況的にはミークちゃんが一番不幸になる、あの思い出したくもないバッドエンドにも似ている。

 あんな壊れたミークちゃんをリアルでなんて見たくない。私はお姉さんに頭を下げてお礼を言うと、ふらつきつつも、遠ざかる三人を追いかけた。


 三人は駅近くのカラオケ店に入るのを確認した私はその後を追かけようとして、またふらつく。


「だから言ったのに」


 そんな私を心配して追いかけてくれたらしいお姉さんが呼び止め肩を貸してくれた。


「ごめんなさい」


「謝るくらいなら、無理しないでよ……もう仕方ないなー、そこで少し休んでいこう、どちらにしろ入るつもりだったんでしょう」


 確かにカラオケ店には入るつもりだったけど、見ず知らずの人にこれ以上迷惑は掛けれないので頭を下げて「大丈夫」だと伝えた。


「ぜんぜん、だいじょばないでしょう。それにね、その制服は妹と同じ学校、しかも同じ学年のようだし、もしかしたら知らないかな楓紅葉? 私の妹なんだけど」


「……えっえー、楓さんのお姉さんなんてすか」


 思わず登場のヒロイン関係者に驚いてしまう。


 確かに言われてよく見ると髪型がショートで少し大人っぽい雰囲気を除けば、楓紅葉とよく似ている。しかし彼女は本来名前しか出てこないキャラのはず、それが私のせいで本編に関わるかもしれない状況になっている。

 本来なら現時点でルートの特定が出来ていない以上、余計な干渉は避けるべきだ。

 でもわざわざ追いかけてきてくれるくらいのお人好しなら、私が大人しくタクシーでも呼んで帰らない限りは心配して付いてきそうだ。

 それなら一緒に入ってカラオケ店で休んだほうが良いかもしれない、そう判断した私は楓紅葉のお姉さんと一緒にカラオケ店に入ることになった。


 私はすぐにトイレに行くふりをして三人の居そうな部屋をチラ見しながら探すが、カラオケ店の性質上中が見えるわけなく一度部屋に戻る。

 戻るのが遅かった私を楓紅葉の姉。楓彩葉かえで いろはさんが心配顔で待ち構えており、再度大人しくしておくように念を押された。

 そう言われてしまえば大人しくするしかない私は静かに休んでいた。ただ折角カラオケに来ているのに歌わないのは勿体ないとおもい彩葉さんには歌うように勧める。

 最初はゆっくり休むのを優先してと言って断っていたが、私の体調も本当に良くなって来ていたので再度勧めたところ、彩葉さんはマイクを取ってくれた。元々歌うのは好きらしくそこからは普通にカラオケを楽しむ流れになったのだが、困ったことにこの世界の曲は私の知らないものばかりで歌おうにも歌える曲が無かったので聞き役に徹した。


 そんな普通にカラオケを楽しんでると本当にトイレに行きたくなり席を立つと廊下で私の知っている曲が微かに聞こえてきた。

 それはこのゲーム「君バラ」の主題歌『愛し君へ捧ぐ』タイトルは昭和っぽいが純粋なバラードで私が大好きな曲だ。

 そして驚きと共にピンと来た。歌っているのはクズ兄貴で、やはり転生者だと。でなければこの状況で主題歌を狙って歌うなんて出来ない。


 私は聞こえてくる歌声を頼りに部屋を突き止めることは出来た。さすがにまだ見ず知らずの私が部屋に突入するわけにもいかず、いかがわしい雰囲気もしていなかったので彩葉さんの所に戻る。


 彩葉さんにはすっかり良くなった事を伝え、そろそろ帰ろうと提案する。彩葉さんも私が大丈夫ならと了承してくれて連絡先を交換し受付に向かう。

 受付で精算処理している間、偶然にも歌い終えたらしいクズ兄貴とミークちゃんがこちらの方に向かってくる。なぜか入るときにいたはずのハクトウミカンが見当たらなかった。

 どうやら最悪ルートの展開ではないようで安心する。それに二人共、そのエチエチな行為後の艶っぽい様子が感じられなかった。

 

 その後は彩葉さんに再度頭を下げてお礼を言って別れ帰路につく。


 仲の良い兄妹のように帰る二人を遠目で眺めながら私はふと思った。私は何か重要な事を見逃しているのではないかと……。


 そして、それを裏付けるような出来事が起こった。

   

 まさかあのクズ兄貴が私を痴漢から助けてくれるという本来ならあり得ない出来事が。


 むしろゲームでは痴漢男すら利用していたクズなのにだ。


 でも今日の彼は悪意などなく、むしろ善意で私の状況を理解した上で声を掛けてくれたのだと思う。

 わざと大きめな声で私に話しかけてくれたおかげで警戒した痴漢の手が離れた。

 その後も痴漢らしき男を睨みつけて警戒してくれていた。それどころか怖がる私を安心させようとしてか、たどたどしくも話しかけてくれた。

 男子と話すのが得意でない私の話し方にも特に気持ち悪がらず聞いてくれていたし。


 それは正しく爽やかイケメン王子様で、他に好きな人がいなければ私でも惚れていたかもしれない。


 しかし、同時に考えてしまう。

 それすらも計算の内ではないのかと。


 結局答えは出ないままに私は彼の動向を監視することにした。

 


 

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