第22話 転生者は語る


 これ以上聞いていられないとばかりに紅葉ちゃんが立ち上がり後ろの席に向う。盛り上がる二人とその板挟みにあって、すっかり疲れた表情の久方君。


 彼は二人の価値観のズレに翻弄されていた。

 昨日話して分かったが、彼が転生者の可能性が高いのは間違いない、しかも私の元々居た世界と似た価値観を持っていることも。

 だから世界設定として重婚が認められているこの世界の価値観が理解できないのだろう……というよりさすがの私も理解出来ない。

 この時点で完全にあの二人はハーレムルートのキャラ崩壊時と同じくらいに性格が破綻している気がする。

 

 ハーレムルートのみに出てくる重婚が出来る日本によく似た世界線という、いかにもな後付設定。

 まあ商業エロゲでどう見ても幼女がその世界では18歳以上というヤツと同じである。

 裏話によると5人のヒロインが一同に揃っての花嫁姿。このスチルを見せたいが為に盛られた設定らしく、純愛を売りにしている以上、ヒロイン全員が花嫁として等しく愛されているということにするための苦肉の策だったようだ。

 確かにヒロイン全員が花嫁姿で皆幸せそうな笑顔のあのシーンだけを切り取れば、私も好きなスチルで尊いと思う。

 だがそこに至るシナリオは別名カオスルート。

 本来主人公とヒロインとの間で丁寧に綴られていく物語がおざなりなり、主人公の各ヒロインに対する想いが希釈されすぎていて薄い、もうペラッペラっである。それに合わせてヒロイン達も簡単に主人公に靡くチョロインと成り果て、本編の余韻をこれでもかと言う程にぶち壊してくれる。

 なら、なぜそんなクソみたいなシナリオをぶち込んで来たかといえばよくある大人の事情らしい。

 たまたま同時期にハーレム物のアニメが流行っていたこともあり開発陣の意向を無視した制作会社側がキャラ推しを優先させて指示してきたとのことだ。開発スタッフの一人でもある姉に、この憤りをぶつけたら、逆に酒のんで恨み辛みの愚痴を延々と聞かされたので間違いない。


 つまりそんな取ってつけたような設定でもこの世界では法で認められた権利であり、あの二人にしてみれば別におかしな事を言っているつもりはないのだろう。


 だから紅葉ちゃんも私や久方君と同じ価値観を有しているのは意外だった……。


 昨日久方君を通じて、すっかり仲良くなった私と紅葉ちゃん。

 久方君と別れた後、いきなり初日にお家にお呼ばれするという破格の誘いを受けた。

 最推しでないとは言え紅葉ちゃんも私の中では好きな方のヒロインだ。

 この誘惑に勝てず、引き続き紅葉ちゃんのお家で話し込んでいると、本来の主人公である瀬貝君の話題になった。


 紅葉ちゃんによると瀬貝君には恋愛感情というのは抱いていないが長年一緒に育ってきた情はあったとのこと。


 それが一変したのは夏休みに瀬貝君から告白されたことが原因らしい。


 ここで私はピンと来た。

 本来の紅葉ちゃんルートでは瀬貝君は一度振られる。しかしハーレムルートでは結婚を前提に告白することで思いの深さを感じたチョロインモードの紅葉ちゃんは瀬貝君を受け入れてしまう。それが混沌への入口と知らずに。


 前者ではその後一途に紅葉ちゃんを想い続けることで二人は結ばれていくのだが現状そうではない事から、恐らく告白は断ったのだろう。


 しかし、予想外だったのは紅葉ちゃんがため息を吐いた後の告白の内容だった。


「勇人、まだ付き合ってもないのに結婚を前提に告白してくるってありえる? しかも他にも意中の人がいるから私とは重婚になるけど受け入れてくれるねって、その時点で思うよね私ってただの都合のいい女じゃないって」


 うん、確かに酷いと思う。私だってそんな告白されたら絶対に嫌だ。

 それと同時に瀬貝君がハーレムルートのペラッペラな勇人、ネットの俗称『ペラ勇』である可能性が高くなった。しかし、本来の瀬貝君の誠実さが仇となったのか言わなくていい事まで言ってしまったことで紅葉ちゃんに幻滅されてしまったようだ。


「でもさ、周りに聞いたら嫉妬されながら勿体ないって言うでしょう。中にはあんな特別な幼馴染なんて中々居ないんだからキープしておけばいいみたいなこと言ってくるんだよね」


 この世界の根っからの住人であるならその言葉も分かる。

 ゲーム上では男目線なので男のみのハーレムと思われがちだが、日本と同じように建前的には男女平等を謳っている以上女子にだって重婚の権利はあるわけだから。

 仮にだが紅葉ちゃんが瀬貝君と結婚しつつ、久方君と結婚しても構わないということだ。


「そんな時にさ、同じような境遇の久方君が居たわけで、しかも彼は私と違って幼馴染のことが明確に好きだったのに別れを選んだ」


「だから気になったんですか?」


「そうね。そして彼の感覚は私によく似ていたみたい。話が通じて話してて楽しかったし」


「好きになったんですか?」


 少し踏み込んで聞いてみた。


「うーん、どうだろう。私はもともと好きって言う感情が薄いみたいだから」


「そんなことないです」


 本当にそんなことないのだが今の私が彼女に伝えても理解してもらえないだろう。


「ありがとう明日野さんって、もう友達だから未来って呼ぶね。だから私のことは紅葉でいいよ」


「いえいえ、そんな畏れ多いでしゅ」


「もう、畏れ多いって私はそんなに怖くないよ、だから名前で呼んでよ、お願い」


 そう言って銀髪美少女が懇願してくる。逆にそこまでさせてしまい申し訳なくなり期待に答える形で名前を読んだ。


「分かったよ、紅葉ちゃん」


 流石に呼び捨ては難易度が高すぎた。

 それでも名前を呼ばれて嬉しかったらしい紅葉ちゃんが笑顔を見せてくれる。


「ねえねえ、未来さ明日時間ある?」 


 私に日課のミークちゃんが拝めるかもしれない散歩以外は特に予定はなかった。


「それじゃあさあ、あしたお昼一緒にどうかなー、お姉ちゃんからいいお店教えてもらったんだ。えっと、その、どうかな?」


「構わないですが、どんなお店なんですか?」


「アメリカンな喫茶店というかダイニングみたい」


 それでほぼ分かった。

 本来ならもっと先に起こるはずのイベントが明日起こる可能性が出てきた。もし私の展開予想があたっているなら明日は事件が起こるはずだ。ルートを分岐するイベントが……。


 そして翌日、目の前でそのイベントが発生していた。本来なら瀬貝君と紅葉ちゃん、それとビッチな伯東さんとの三つ巴の修羅場イベント。しかし本来この場所に居るはずのない久方君ががっつり当事者として巻き込まれている。

 そして理解した。

 もうこれは私の知っている「君バラ」のどのルートでもないということに。

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