第23話 紅葉を前に散る。絶叫を添えて
「ねえ勇人、私のいないところで勝手に盛り上がるのは良いけど、私言ったよね、あんたとの
そう言って俺の所まで歩いてくると隣に座った。
元いたテーブルには心配そうな顔の明日野がこちらを見ていた。
「なっ、だからって何でそいつの隣に座る必要がある」
俺の隣に楓が座ったことが気に食わない瀬貝が吠える。
「そうだよ、紅葉ちゃんとリョウくんは幼馴染でもなんでも無いんだよ」
ついでに伯東もいつもの理論で吠える。
「あのね、伯東さん、私アナタと名前を呼ばせるほど親しくなったつもりないんだけれど」
楓が伯東を睨みつけて威嚇する。同じ超美少女どうしといえど、雰囲気で圧倒する楓。まるでドーベルマンに睨まれたチワワのように伯東がオドオドと言葉を返す。
「うっ、でも紅葉ちゃんは勇人の幼馴染で、その同じ人を好きになってるわけだし」
「そうだぞ紅葉。二人は俺の大切な人なんだからもっと仲良くしてほしい」
楓の空気を読もうとしない瀬貝の言葉に楓が即座に反応する。
「あのね。前にも言ったけど私は勇人に恋愛感情はないの、あるのは家が近所でたまたま長い間一緒に居る機会が多かっただけの、ただの幼馴染」
その言葉に顔面蒼白になってショックを隠しきれない瀬貝。そんな瀬貝を気づかってか伯東も涙目になって楓に食って掛かる。
「なんでそんな酷い事が言えるの、積み重ねてきた勇人と紅葉ちゃんの想いってそんなものなの?」
そんなチワワの遠吠えでも感じ入るものがあったのか楓が黙り込む。
「……そうねそんなに軽いものでもないかもしれない、でもさ、それを最初に踏みにじったのって勇人だって気付いてる?」
「えっ、俺はいつも紅葉のことを大切に考えてて結婚して幸せにする自信だってある。それこそミカンと一緒にな!」
重い発言なのに軽い台詞にしか聞こえない。
「あのね、私にあんたらと同じ価値観を押し付けないで。確かに世の中では重婚は認められているけどそれを望まない人間だっている。勇人に堂々と重婚二股宣言されたときには、不快感と嫌悪感しかなかったよ」
楓の発言に、ようやく人間の言葉を聞けた気がした。
きっと伯東と瀬貝は重婚が認められた世の中で複数の人と付き合っても問題ないと考えているのだろう。もしかしたら他の大多数はそいう考え方が支配しているのかもしれない。
だとしたら、相手をひとりに絞って付き合うことは、この世界ではマイノリティなのかもしれない。
でも、だとしても……一途に人を思うことの何が悪い。
そう強く思うと同時に胸の奥がズキリと痛む。
それはなるべく思い出さないようにしていた元の世界の彼女への気持ち。
顔はハッキリ思い出せないし、この美人だらけの世界の人達に比べれば平凡な容姿かもしれない。
でも確かに前世の俺、正巳としての気持ちとして残っている大切な想い。
「……なあ伯東。俺も紅葉さんと同じだ。お前や瀬貝みたいに器用に何人も好きになれないし、好きな人には俺だけを見てほしいと思ってる」
「やっぱりな、お前は束縛系の地雷男だったわけだ。紅葉もミカンもこいつの本性が分かっただろう、まったく自分で言ってたら世話ないな。大体そんなお前と俺の紅葉を一緒にするな」
いや、お前だって幼馴染だからと意味不明な鎖で縛り付けてる束縛男だろうと言い返そうとしたら、先に楓が口を開いた。
「それこそ勝手に決めつけないで! いま久方君の話を聞いてやっとわかったわ、あの時、勇人の告白に感じた不快感の正体が……悔しかったんだ私は自分だけを見てもらえないことが分かって…………って……ハハハッ……なぁんだ私、本当に気付かなかっただけで好きだったんだ勇人の事」
思いがけない楓の言葉に瀬貝の表情がみるみる歓喜に変わる。
「はっはっ、やっと、やっと理解してくれたんだね。俺への気持ちに!」
瀬貝の言葉に呆然としたまま俯く楓。
「うん、分かったよ今更だけど……きっと久方君もこんな気持ち、いやこんなもんじゃないよね、私と違ってちゃんと自覚してたんだから……凄いよ君は」
そう言って頑張って作った笑顔を俺に向ける。
「何を言ってるんだ。俺への気持ちが分かったなら遠慮しなくて良いぞ、そんなやつ置いてこれから3人で遊びにでも行かないか?」
瀬貝が既に勝者の笑みを浮かべ俺を見る。
そんな瀬貝に楓は涙を拭って向き直ると言った。
「私も久方君を見倣うことにする!」
「はぁ? こんな地雷男の何処を見倣う必要があるんだ」
「きっと勇人には分からない。そして私の気持ちも理解することなんて出来ない。だからだからちゃんと言ってあげる」
さっきまで勝者の笑みを浮かべていた瀬貝が楓に気圧され苦し紛れに口走る。
「なんだ、その、告白なら、もっと二人きりで」
「逆よ、逆……私は勇人の事が本当は好きだった。だけどやっぱり勇人には私だけを見てほしかったみたい、だからサヨナラだよ勇人。失恋と言えるかは微妙だけど久方君を見倣ってちゃんと前に進んで行きたいから今後は距離を置きましょう」
それは楓が瀬貝に告げた決別の言葉。
「はっ、なに言ってんだよ、俺たち幼馴染でずっと一緒だっただろう」
「そうだね」
「なら俺の気持ち分かってくれるよな、こんなに紅葉のこと好きなのに、ちゃんと平等に、ミカンと平等に愛すると約束する!」
その言葉に苛立つ、こいつは自分の気持ちばかり押し付けて楓の気持ちなんて考えていない。
楓はハッキリと言ったのに、自分だけを見てくれないのが嫌だって、だから無様でもちゃんと選択して楓を選んだのなら二人の問題として口をはさむつもりはなかった。
しかし瀬貝は「好きだった」という都合のいい部分だけを切り取って、長年の情に縋り付こうとする見苦しく浅ましい姿を晒していた。
俺は憤りを隠しきれなくなり、つい怒鳴り散らそうとして楓に止められた。
「ありがとう久方君。私の為に怒ってくれて、私の気持ちを理解してくれて、でもだからこそ私がキッチリとケジメをつける必要があるの」
そう言い放った目はさらに力強さを増していた。
楓は臆することなく瀬貝の目を見てもう一度告げた完全な別れの言葉を……。
「勇人、いいえ瀬貝君。私達は始まる前にもう終わったの。だからせめて伯東さんを大切にしてあげて、それに瀬貝君なら他にも重婚しても構わないって子は沢山居るはずだからその子達の方に目を向けてやって、そうすればアナタの望んだハーレムが出来上がるはずよ」
「いや、俺は誰でもいいわけじゃなくて」
皮肉を込めて、あれだけ言われてもまだ食い下がろうとする瀬貝。
「それに私もうひとつ気が付いた事があってね、もしかしたらだけど、もっと早く私が瀬貝君への気持ちに気が付いていれば違う道があったかもしれないって思ったの」
「そっ、そうだ今からでも遅くない……」
最後の望みに縋り付く瀬貝に楓が微笑む。
「ううん、遅いんだよ。私が瀬貝君へ抱いていた気持ちに気づいたと同時に、今芽吹き始めてる気持ちにも気付いたんだよ。だからこそかな、瀬貝君の時は失敗したから、折角早く気付くことが出来たこの気持ちを大切に育てて行きたい」
「やめろ、聞きたくない」
瀬貝が子供のようにイヤイヤをする。
それを無視しして楓は話を続ける。
「正直まだ好きとか大きな感情じゃないし、積み重ねてきた想いがあるわけでもない。でも凄く気になるの。私と似たような価値観を持ってて、きっと惚れさせたら私だけを見てくれるような人。瀬貝君のときは受け身というより恋とか他人事だったから、今度は積極的に行こうかとも思ってるんだ」
そこまで言い切ると楓は瀬貝から俺の方に顔を向けて見詰めてくると俺に微笑みながら告げた。
「というわけで、これからも宜しくね諒也君」
俺を名前呼びした楓の言葉と同時に、瀬貝の「ノオオオォォォ」という絶叫が店内に響いた。
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