第24話 喫茶店で愛を叫ぶ、罵声と共に
思いもよらなかった楓の宣言に絶叫する瀬貝。
店員が注意しにくるかと思い、ウエイトレスのお姉さんに目を向けるとニヤッと笑って親指を立てた。色々な意味で理解がある方のようだ。
そんな中で、話に置いていかれていた伯東がようやく状況に追いつき慌てて楓に食って掛かる。
「なんで紅葉ちゃんがリョウくんを選ぼうとするの？ こんなに勇人が思ってくれてるのに」
呆れる発言に俺は心底ガッカリしてため息を吐く。
「はぁぁあ、それをお前が言うなよ」
正に自分の事は棚に上げである。隣で『嘘だ、嘘だ』とブツブツ呟いている瀬貝もそうだが、自分達は二股の関係を認めるように迫っておきながら、相手に対しては二股を許さないって、どれだけ自分に甘いのだろう。
「だって、私言ったよねリョウくんの愛を取り戻してみせるって」
確かに言っていたが、それはあくまで伯東の言い分であり、俺は受け入れたわけじゃない。
「だとして、俺は伯東と付き合うつもりはない。それは考えろと言った時にも伝えたはずだが違うか？」
「……うっ、違わないかも」
「それにだ。お前は瀬貝とも恋人関係になりつつ、俺とも一番身近な幼馴染でいるように望んでいたよな」
「……うん」
俺の視線に怯えてるのか弱々しく伯東が頷く。
それを確認した上で俺は伯東に尋ねた。
「じゃあなんで、楓さんが同じことを望んだら駄目なんだ？」
正確に言えば楓は伯東と違ってキチンと瀬貝との関係にケリをつけてから俺への好意を示してくれた。それだけで俺としての信頼度は天と地ほどの開きがある。
「……そっそれは、だってリョウくんが……」
言いよどむ伯東に、少しムッとした楓が口をはさむ。
「あのね諒也君、伯東さんと一緒ににしないで、私はちゃんと瀬貝君との関係を清算したわよ、二股なんてする気ないから……あと楓さんなんて仰々しい呼び方やめて紅葉で良いよ、友達だしねっ！」
そう言って俺にウインクしてくる楓。
その仕草が物凄く様になっていて、ナチュラルにウインクできる人いるんだとか場にそぐわない事を考えてしまった。
「私だって……ちゃんと結論だして、辛かったけど勇人とは別れるって言ったよ」
確かに言った、でもその後に瀬貝と二人でこうも言った『また付き合おう』って。
「でもさ、俺ともう一度親しくなれたらまた瀬貝と復縁するつもりだったんだろう、ハッキリそう言ってたよな」
元々好きでもなんでもないので、普段通りに話をしていたつもりだった。でも伯東からすれば冷淡に問い詰められている気がしたのかもしれない。
よく見れば伯東はすっかり怯えた表情に変わっていた。
「なんかリョウくん、怖いよー。いつもの優しいリョウくんに戻ってよー」
半べそかきながら俺に訴えかけてくる。
別にイジメたいわけではない俺は一度間をとる。
「……今日の答えは伯東なりに考えた末なんだろうな」
「うん、一杯考えたよ、どうしたらリョウくんの側に居られるかって」
それが諒也だけに向けられた思いならきっと諒也も歓喜していただろうし、俺にも少しは響いたかもしれない。
「ありがとう。でもな、さっき言った通り、俺は付き合うなら、その人には俺のことだけを見ていてほしいんだ。それは伯東には難しいだろう」
「そんなことない、そんなことないよ……これからはリョウくんの事しか見ないから、リョウくんのことだけを考えるようにするからお願い私を見捨てないで、私から希望を奪わないで」
泣きながら懇願する伯東。
別に伯東のしようとしたことは、この世界の価値観からすれば悪いことではないのだろう。
だだ、それが決定的なまでに俺との価値観と食い違っていただけだ。
元の世界で言うなら、当たり前に浮気できる価値観を持った人間と恋人関係、ましてやその先に進むなんて絶対に無理だ
だから伯東のためにも正直な気持ちを伝える。
「俺はもう、価値基準の違う伯東とは多少親しくなれたとしても、付き合うのは無理だ」
「そんなことない、そんなこと……」
俺達の年齢からすれば価値観が変わることなんて珍しいことじゃない。だから伯東にだって変わる可能性はあるかもしれない。
でもそれは、余程の事がない限り一朝一夕に変わるものでもない。それこそ俺のように中身が変わったり……って少し自虐になりかける。
「なあ、お互い無理をするのはよそう。伯東の価値観に合わせれば俺が辛い思いをする。俺に合わせたとしても伯東は無理をしてきっと辛くなる。現に今瀬貝と別れようとして辛い思いをしてるだろう」
「だって、それは……」
「ああ、それは俺が選択しろと言ったからだ。でもなっ、それだって俺の価値基準で、伯東の気持ちを考えずに一方的に押し付けたものだ」
ただ、美郁には別の意図があったように思えるけど今は考えるべきことはそこじゃない。
元の世界では浮気や二股は倫理的な悪だったが、この世界では重婚が認められている以上、気持ち的な部分は除いて、その考えを倫理的な悪だと否定することは出来ない。
だから瀬貝と伯東の価値観を理解できないからと言って否定していい事にはならない。
なら取る行動は簡単だ、棲み分ければ良い。
何てことはない最初から提案していた事だ。
「…………」
俺の意思が伝わったのか伯東が俯いて黙り込む。
「なあ、伯東。俺とのことは抜きにして瀬貝のこと本当に好きなんだろう」
そうじゃなきゃキスなんてしないだろうし、あんな諒也の記憶でも見たことない恋する乙女の表情を見せたりしないだろう。
「うん、好きだよ。多分リョウくんの次くらいに」
余計な事は言わなくて良いと思いつつ、隣の瀬貝を見ると、余程楓に突きつけられた現実がショックなのか虚ろなまま、まだ独り言を呟いていた。
「なら、無理して平行線な俺との関係を優先させるより、最初から言っている通り瀬貝との関係を優先してくれたほうが俺もよっぽど安心できる」
同じ価値基準で好きあってるのなら別に仲を引き裂く必要もない。
何よりその方が後腐れ無いというのが本音だ。
「リョウくんは許してくれるの？」
「許すも何も俺は最初から二人を祝福してる」
「なら、幼馴染としてなら側に居てくれる？」
「「「それは駄目だ（よ）」」」
おい、振り出しに戻ってるぞと思いつつ、楓と同時にツッコむ。
息がピッタリの絶妙なタイミングに楓と顔を見合わせると、二人で自然と笑ってしまった。
そんな俺達の姿を見た伯東は涙を浮かべると。
「ふェぇええん、リョウくんのバカぁ、おたんこなすうぅぅう」
よく分からない言葉で罵って泣きながら店を出ていった。
取り残された俺達は３人で視線を交わすと、放心状態の瀬貝をそっとしておくべく、静かに店を出ることにした。
会計時、美人のウエイトレスさんに再度ニカッと笑われると『青春だね〜、いいもの見させてもらったよ！』と伯東が頼んだ分のドリンクをタダにしてくれた。
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