第29話 ネクストラウンド
美郁と一緒に昨日のアメリカン風喫茶『シックスティーシックス』に向かう。
お店に入ると昨日見た美人のウエトレスさんと目があった。ウエトレスさんは俺の隣の美郁に目を向けると、少し驚いた後昨日と同じように親指を立ててニカッと笑った。
今日は昨日と違ってそれなりの客が入っていたので空いている席に案内される。
俺の隣へ当たり前のように美郁が座る。
テーブルに備え付けのメニューを広げると、俺にもたれ掛かるようにして美郁が覗き込む。
「ミィ、くっつき過ぎじゃないか?」
「だって僕もランチ食べようと思って、これなんかどうかな」
そう言って美郁が指さしたのはカップル限定セット。サービスドリンクで二人で吸えるハート型ストローが付いてるやつでヴァカップル以外誰か注文するのかわからないようなセットだった。
「いや、俺は普通にこれにする」
さすがに美郁とカップルストローでドリンクを飲むのは恥ずかしすぎる。
俺は無難なチーズバーガーのセットにする。
「えー、これだと二人分でお得なのに……しょうがないからお兄ちゃんと同じセットにするよ」
美郁が残念そうな表情で呟く。
「諒也君。待たせてごめんね」
そんなやり取りをしている間に楓も到着したらしい。花柄のミニフレアスカートにオフショルダーのニットはタイトな感じで楓の豊満な胸を強調していた。
それこそ健全な男子ならその視線を誘うほどに。
そのことに気付いた美郁が拗ねてつついてくる。
「ふーん、諒也君って妹さんと仲いいのね」
そう言って俺の対面に座る。
明日野が一緒に来ているはずなのだがと周りを見ると何かに驚いた表情で完全にフリーズしていた。
「明日野さん大丈夫か?」
声をかけたことで正気を取り戻したらしい明日野が恐る恐るといった感じで近づいてくる。
「あにょ、そにょ、しゃしゅしゅわってもょ?」
何だか最初会ったとき以上に緊張した様子の明日野。もしかして人見知りなのだろうか?
「いや、別に許可取る必要ないだろう、なあミィ」
「うん、そのどうぞ座ってください」
美郁にも促され、明日野はカチコチなポンコツロボットのような動きで席に座る。
「なんか、お店に入ってから未来の様子が変なんだよね」
「それわぁ、どうぜんれしゅ、だって、だって、目の前に〜」
そう言って明日野は美郁をチラ見する。
「あの僕がどうかした?」
視線に気付いた美郁が首を傾けて明日野を見返す。
「ぐはぁ」
突然明日野が胸を抑えて屈み込む。
「あの、大丈夫ですか?」
正面に座る美郁が心配して声をかける。
「ひゃ、ひゃいだいじょぶでふぅ」
そう顔を上げた鼻からスッーと赤い雫が滴り落ちた。
「いやいや、だいじょばないよ」
美郁が慌てて声を上げる。
隣の楓が慌ててハンカチを鼻にあてがって血を止める。
どう見ても明日野の様子がおかしい。
「本当にどうしたのよ未来、確かに来る前からソワソワしてたけど」
「本当にだいじょぶでふぅ、余りの神々しさに当てられただけでしゅから」
さっきから明日野の言葉がイマイチ理解出来ない。
「あの、本当に大丈夫ですか、その……」
美郁が名前を言い淀んだの思い出し、直ぐに二人を紹介する。
「あのこっちの鼻血出してるのが明日野未来さんで、こっちが楓紅葉、俺の友達だ」
俺の紹介を受け、明日野が落ち着いたところで楓も美郁に挨拶する。
「よろしくね、妹ちゃん。今は友達だけど、もしかしたら本当のお姉さんになるかもしれないよ」
冗談半分にそう言って美郁に笑顔で応える。
「はじめまして楓さん。お兄ちゃんの妹の美郁です。残念だけど僕がいる限り、お兄ちゃんにお姉ちゃんができる可能性は限りなく低いと思いますよ」
一方の美郁は楓に対して少し挑発的な態度で返す。
「えっと、もしかしてそういうこと?」
美郁と視線を交わした楓が何かを感じ取ったらしい。
「はい、お兄ちゃんは渡しません」
「そっか、さすがは私が瀬貝君より気になると思った男子ね。まさか妹ちゃんまで魅了しているとは」
不敵に笑い合う二人を尻目に、鼻血を出した明日野さんが心配で様子を見てみる。
彼女はなぜか目を輝かせて二人の様子を見ていたかと思うと、急にしんみりした表情を見せ、楓と美郁を交互に視線を向ける。
さっぱり分からない混沌とした状況。
完全に置いてきぼりをくらう俺。
とりあえず今の状況を変えるために、本来お店に来た目的を提案する。
「あの、とりあえず注文しないか?」
「そうね」
楓がそう言うと続けて美郁も答える。
「そうだね」
「ひゃい、そうしましゅ」
明日野も続けて同意する。
「それじゃあ、二人は何にする?」
俺と美郁は既にメニューを見て決めていたので二人の注文を確認する。
「ああ、大丈夫だよ食べたいの決まってるから」
「あにょ、そにょ、わたしも決ってましゅ」
どうやら二人共、注文するモノは決まっているようなのでウエトレスさんを呼ぶ。
いつもの美人のウエトレスさんがオーダーを取りにきてくれた。
「それじゃあ、私はカップルスペシャルで」
いち早く楓がウエトレスさんに伝える。
「えっ、それって」
俺が疑問に思い楓に目をやると、両手を合わせて頼み込んで来た。
「お願い諒也君。これカップルじゃないと食べれない限定メニューなの、だから付き合って」
実は食いしん坊な楓らしいお願いに思わず頷いてしまう。
楓は俺の了承を確認すると嬉しそうに握りこぶしを作る。普段はクールで大人っぽい楓の、子供っぽい仕草に思わず微笑む
「あー、ズルい。じゃあ僕も、楓さんが良くて僕が駄目ってことはないよね」
「うっ」
確かに楓は良くて美郁が駄目なのは不公平だ。
少しボリュームはあるが何とかハンバーガー2つ位なら食べれるだろう。
「分かった。ミィもそれで良いよ」
俺がそう答えると満面の笑みで俺の腕に抱きついてくる。
「やった。お兄ちゃん大好き!」
「あの、私はレディースセットでお願いします」
楓と違って元から小食な明日野は食べ易いサイズのセットにしたようだ。
しばらくして料理が届くと、俺は大事なことを忘れていたことに気付く。
カップル限定セットにはヴァカップル仕様のドリンクが付いていることに。
「うん、うん、これ食べたかったんだ〜」
そんな戸惑う俺をよそに目の前と真横に置かれるカップル向けの大きなグラスにハート型のストローの付いたドリンク。こんなのを飲むのはさすがに恥ずかしすぎる。
「そのなんだドリンクはそれぞれ飲んで良いぞ」
美郁と楓にそれぞれ伝える。
「えー、お兄ちゃんも一緒に飲もうよ」
と積極的に一緒に飲もうとしてくる美郁。
「確かにこれは恥ずかしいわね。でもさすがに一人で飲むのは多いし半分づつ交代して飲みましょう」
一方の楓は恥ずかしさを理解してくれたようで、無難な提案をしてくれた。
「じゃあ、楓の案で」
隣で美郁が愚痴っていたが、衆人環視の中、ヴァカップルドリンクを一緒に飲めるほど俺は女子に慣れているわけではない。
俺は美郁の愚痴を黙殺すると限定ハンバーガーを食べ始める。楓がわざわざ食べたがるほどあってとても美味しかった。
しかし食べ進めると口を潤したくなるのでドリンクのストローに口をつける。
もちろん楓が飲んでないことを確認してだが、しかし楓はハンバーガーを食べるのに夢中らしくこちらに意識を払うことなく無意識にストローに口を伸ばす。
そうなれば必然的にお互いが一つのグラスから二股のハート型ストローでドリンクを共有するヴァカップルの構図になる。
お互い目が合い、気まずい状況に気付く。
ただ、すぐに口を離すのも失礼な気がしてきて二人で顔を真っ赤にしながらちまちまとドリンクを啜る。時間的にはほんの束の間の時間だった。
「あー、楓さんずるい僕もー」
しかし、すぐに美郁は気付いて、自分もとダダをこねてネダリ始める。
「いや、これは不可抗力というか偶然だ、そうだよな楓」
「まあ、そうなんだけど……かなり恥ずかしかったけどさ、なんか凄く嬉しかったよ諒也君」
そう言って、楓が輝くような笑顔で俺を見る。
ジト目で美郁が俺を見る。
同時に男共からの嫉妬の視線に今更ながらに気付いた。
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