第2話 妹と幼馴染

「ねぇ、僕の話聞いてる?」


 驚くほどカワイイ妹で、実在するとはおもわなかったボクっ娘の美郁ミイクが、少しだけプリプリしてご機嫌ナナメだ。最初の頃はしおらしくしていたものの俺の回復に合わせて記憶にある素の部分を見せ始めていた。


 その諒也の記憶にある美郁。

 小さい時は少し人見知りで、いつもチョロチョロと諒也の後ろを着いてきていた。

 舌っ足らずな感じで幼いながら「お兄ちゃんのお嫁さんになる」と言ってきた姿は、客観的に俺から見ても可愛らしかった。


 そんな諒也にベッタリだった美郁が変わり始めたのは中学に入った頃から、少しづつ諒也から距離を取るようになり、言葉もキツくなっていった。

 俺からすれば距離を取り始めたのは、むしろ遅いほうだと思うのだが、諒也にとってはそうではなかったらしく、どう接して良いかわからなくなり、中途半端な態度を取ってしまっていた。

 まあ、記憶から推測すると、それが美郁を余計に苛立たせてしまっていた気がする。


 そもそも兄妹なんて、自然と距離を取り始め、それなりの距離に落ち着くものだが、諒也と美郁は距離が近すぎた。

 お互いに距離感が分からないまますれ違い、結果的に今の今までギスギスとした関係が続いていたのだろう。


 そんなことを考えていたので、美郁の話をちゃんと聞いていなかった。


「ああ、ごめん。聞いてなかった」


「もう、どうせ変なことでも考えてたんでしょう」


 さすがにこの状況で美郁の事を考えていたと言えば余計に気持ち悪がられる可能性もある。

 咄嗟に誤魔化すため、俺は苦し紛れの言い訳をする。


「いや、まだ体が少し痛くってさ」


「えっ、大丈夫? 苦しいの、お医者さん呼ぶ? ごめんね気が付かなくて」


 一転して悲しそうな表情になり、全力で俺のことを心配してくれる。やっぱり本当はいい子だ。


「大丈夫、少し痛む程度だから、それより美郁、何の話だっけ?」


「んっ!? ああ、明日あの人がここへお見舞いに来るって話だよ、そんなことより本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だ、心配してくれてありがとう。やっぱり美郁は優しいな」


 最近の記憶では「キモい」や「死ね」など少々キツイ言葉を投げかけられていた。でも今の様子から根っこは変わっていないことが分かる。そんな美郁に思わず本音がこぼれてしまう。


「なっ。なに言ってるのよ急に。何か下心でもあるの……キモっ、変態、クソ兄貴、死んじゃえ」


 だからこの言葉も恐らく本気じゃないと分かる。もしかしたら照れから来ているだけなのかもしれない……でも、最後の言葉だけはいただけない。


 俺は不貞腐れ目を逸したままの美郁を見つめると、なるべく穏やかな口調で美郁を諭す。

 きっとこの子なら分かってくれると信じて。


「美郁……優しいお前が本気でそんなことを言っていないのは分かる。でもな俺は本当に死にかけたんだよ…………意味は分かるな」


 俺の言葉を理解したのだろう、逸していた美郁の視線が俺に向けられる。


「あっ、あぁぁあ、それは……ごめん、ごめんなさいお兄ちゃん。僕、ぼく、本気でそんなこと思ってないから、絶対に、お願い信じてよ」


 意識せず口から出た言葉の残酷さに気付き謝罪する。目に見えて分かるほど顔面蒼白になり、うろたえる美郁。


「分かってる。目を覚ましたとき、泣いてくれていたのは嘘じゃないと思ってる」


「それは……うん、ごめんなさいお兄ちゃん。今だけじゃない今までのことも全部、素直になれずに酷いことばかり言う悪い妹でゴメンナサイ」


 美郁が今迄の事も含め、ちゃんと頭を下げて俺に謝る。

 うん、やっぱり良い子だ。


「うん分かった。許すよ、これで仲直りだな」


 もしかしたら本当の諒也にはもっとわだかまりみたいのがあるのかもしれない。でも俺からすれば目の前の反省して本当に申し訳無さそうにしている姿が今の美郁だ。


「……ありがとう。お兄ちゃん。その……これからはもっと素直になれるように頑張るから」


 少し照れながら涙目を浮かべる美郁。

 俺は折角仲直りしたのに、しんみりとする雰囲気が嫌で軽口をたたく。


「ああ、でも照れ隠しなのは分かってるから、偶にならいいぞ」 


「あぅ、うぅぅ〜、もう、お兄ちゃんのバカぁ」


 そう言って照れる美郁は可愛らしかった。



 そして次の日、美郁があの人と言っていた人物が俺の病室に見舞いに来た。


 諒也の幼馴染で、ある意味この状況を作る切っ掛けとなった伯東蜜柑ハクトウミカン。嘘のような本当の名前で、日本人離れした金髪の美少女である。


 なぜこの幼馴染が切っ掛けなのかと言えば、諒也が事故に合う直前、放課後の学校で見てしまったからだ。この幼馴染の蜜柑が他の男とキスをしている所を……。


 それは諒也にとっては物凄くショックだったようだ。

 俺には記憶しか無いが、その記憶だけでも諒也が蜜柑のことを好きだったことは想像がつく。


 告白はしていなかったが、蜜柑の方も気がある素振りは見せていた。平気で人前で抱きついたり、朝は部屋まで迎えに来たりと……まあ普通そこまでされたら男なら勘違いするだろう。


 つまり、相思相愛だと思っていた相手が、実はそうではなく別の男と付き合っていた。


 まあ本当の気持ちは俺には分からないが、ショックが大きかったのは間違いない、それこそ涙にくれて周りが見えなくなり、突っ込んでくる車に気づかないくらいに。



「久しぶり、本当はすぐに来たかったけど、絶対安静が続いてるって聞いて。でも、だいぶ元気になったって聞いたからお見舞いと、その……言っておきたい事があって?」


「そっか、ありがとう。でも話ならもっと落ち着いたときの方が良いかな」


 何となく嫌な予感がして少し牽制してみる。


「ごめんね、でも居ても立っても居られなくて」


 申し訳なさそうにしながらも、どことなく蜜柑に喜色が見て取れた。


「……それって今言わないといけないことかな?」


 やんわりとしたトーンで拒絶する言葉を投げる。


「うん、大事なことだから、ちゃんとリョウ君にも知っておいて欲しくて」


 しかし幼馴染は俺の言葉など気にせず、もじもじしていた。

 もしかしたら大切な幼馴染を失いかけて本当に誰が大切か気が付いたのかも知れない。

 実際に蜜柑の目はうっとりして、まるで告白するような嫌な雰囲気を醸し出してくる。


 本来なら喜んでもいい、美少女な幼馴染の告白が嫌かと言えば、それが最悪のタイミングだからだ。

 もし、これが本当の諒也なら何ら問題はないだろう。

 でも今の諒也は俺だ。

 目の前の幼馴染の記憶としての情報はあるけど、気持ちは全く無い。


 今の俺に告白しても応えることなんて出来ない。


 そんな俺の気持ちなど知りようのない幼馴染は俺に大事だという告白をした。



「私、瀬貝セガイくん……その、勇人ユウトとつきあうことになったの」


「へっ!?」


 言葉の意味を理解するのにしばらく間が開く。俺的には最悪は避けられたが、諒也にとっては最悪を超えた死の宣告にも等しい。


 これが死にかけた幼馴染にわざわざ伝えるような大事な話なのかとも思った。

 記憶から諒也の気持ちを察していた分、事故にあって弱っているところへ、追い打ちをかけてるとしかおもえない幼馴染の言葉。これが本当の諒也なら二度目のショックで自殺すら考えかねない。


「あのね、リョウ君は入院していたから知らなかったとおもうけど、少し前から私達良い雰囲気になってて、それでねちょうど昨日告白されてOKしちゃった。だからね大切な幼馴染のリョウくんには、真っ先に伝えないといけないと思ったから」


 記憶ではもう少しまともな女かと思ったが、今は相手を気遣うことも出来ない上に、意味不明なことをいう、おかしな女へと評価が爆下がりしていた。


「えっと、オメデトー、ヨカッタね」


 諒也のことを考えると腹立たしい部分もあるが、俺自身からすると正直どうでもいい相手だ。適当に祝福して、今後はこんな女とは関わらないようにしようと決めた。


「……なんか、リアクション薄いよ。リョウ君」


 それなのにこの女ときたら不満げな顔をする。

 どういう反応を期待していたというのだろう、自分のことを好きだったかも知れない相手に。


「はぁ、病み上がりですから。それと彼氏が出来たんならそっちに集中してくださいよ。ただの幼馴染なんて気にする必要ないでしょう」


 完全にさめきっていた俺は今後当たり障りのないように関わらないでくれとお願いする。


「えっ、私とリョウ君は幼馴染なんだよ」


「はい、ただの幼馴染です」


 なんでこの女が幼馴染に拘るのか理解出来ない。確かに諒也と蜜柑は普通よりも親しい間柄だった。でも、蜜柑は別の人を彼氏にした。普通に考えれば彼氏がいるのに、他の男と親しくするのは駄目だろう。


「なんで、どうして、そんなこと言うの?」


 俺は当たり障りなくフェードアウトするつもりなのに、この女はなぜか諒也に拘る。その理由を考えたとき、ひとつの考えに思いつく。もしかしてこの女は、俗に言う二股というやつをしようとしているのかもしれないと。

 自分は彼氏と付き合いつつ、自分の事を好きな諒也の気持ちを利用してキープしておく、もしそうなら予想以上に性格の悪い女だ。


 ここは、この女が好きな諒也には申し訳ないがハッキリさせた方が良い。もう他に彼氏が出来たんだし別にいいだろう。それに、ここでハッキリと言ってあげるのも優しさというものだ。


「あのさ、幼馴染といっても俺は男だよ、彼氏だってさ自分の彼女が他の男と親しくしてるのはいい気がしないよね。俺だったらそうだもん、だからさこれからはなるべく関わらないように距離を取ろう」


 おれの言葉に何故かショックを受けた顔をする幼馴染だった女、意味が分からない。


「でも、勇人はさ、良いよって言ってくれて、幼馴染なんだから当然だよねって」


 本気で言ってるなら、その男もどうかと思うが、まあ普通に考えれば相手に気を使っただけだろう。

 でも、最低限の気遣いも出来ないこの女に通用するわけがない。


「あのさ、本音と建前って分かる? 好きな子にお願いされたらさ、彼氏だって断りにくいに決まってるじゃん」


 たから、ちゃんと言葉で教えておいた。


「そうかもしれないけど、でも……でもさ、リョウ君だって私と離れるのは嫌だよね、だから今まで通り私とは幼馴染として一緒に居てよ」


 いや、これ本気で言ってるなら質が悪るすぎるんですけど。

 だいたい、なんで幼馴染の間柄ってだけで相手を繋ぎ止める事が出来ると思ってるのか、それも理解できない……。


 正直これ以上拒否しても粘着されそうで嫌だったため、とりあえず今のところは話合わせておくことにした。


「わかった、わかった」


「それじゃあ」


「ああ、認めるから、お前は彼氏と仲良くする。俺は遠くからそれを温かく見守る。そんな感じで良いだろう」


 言葉ではそう言ったものの、なるべくこっちからかかわり合いを断つつもりだ。そうすれば自然と関係も希薄になっていくだろう。

 幼馴染だろうが人と人の関係なんて、普通はそういうもんだ普通は。


「なんか、呼び方が気になるけど、まっいっか。それより早く良くなって一緒に学校行こうね。じゃあまたね」


 そう言って幼馴染の女は自分の言いたいことだけを言って帰ってった。


『はぁ、一緒に行くわけ無いだろうに、何いってんだろうか、だいたいなんで諒也はあんな奴を好きになったんだ?』


 確かに見た目は美郁にも引けを取らないほどの美少女だが、中身がアレだ。きっと諒也は長年付き合っている間に感覚がおかしくなったんだろう。


 自立するまでは波風立てず平穏に過ごしていきたい俺としてはあれは駄目だ。伯東は過去の記憶からしてトラブルが服を着て完全武装したようなやつだ。

 今後、見守るテイで極力関わらないでおこうと心に誓った。

 

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