第3話 変わった俺、変わり始める妹


 一ヶ月の入院生活を終え、美人だらけの病院を後にした。

 幸いだったのが直ぐに夏休み期間を挟んでいたため、それほど出席日数には響かなくて済んだということだった。


 基本的に病院には諒也の母親である美子みこさんと、美郁がほぼ代わる代わるに来てくれていたが、大事な幼馴染といっていたわりには、伯東は結局あれ以来見舞いに来ることはなかった。

 俺としては、そちらの方が助かるが、諒也の立場で考えると釈然としないものもあった。


 そして、俺としてはつかの間の夏休み期間。

 来週からの学校に向けて、まずは美容室に向かった。

 諒也はあまり髪型とかを気にしないタイプだったみたいだが、それでもこのモッサリ前髪は鬱陶しすぎる。

 ここでは馴染みの美容師さんがいないため、スマホアプリで良さそうな店を探し予約しておいた。

 髪型は夏ということもあり、サッパリとしたベリーショートにしてもらった。美容師さんには勿体ないみたいなことを言われたけど。カットが終わると悪くないわねと言って、ヘアスタイルリストのサンプルとして載せたいから写真を取らせてくれとお願いされた。

 最初は断った。けれどカット料金をタダにしてくれるというのと、今後も無料でカットしてくれるというのでついOKしてしまった。


 その後、家に帰ると美子さんと玄関で鉢合わせた。丁度、買い物に行くところだったらしい。


「あら、あら、リョウちゃん、ますます男っぷりが上がりましたね、素敵ですよ〜」


 そう言ってウィンクする美子さん。

 とても二児の母親とはおもえない容姿と仕草に息子であるはずの俺は照れてしまう。

 だってしょうがない、中身は別人なんだから。


「ふっふっ、新鮮な反応ですね〜。リョウちゃん可愛いです。思わず抱きしめたくなるところですがもたもたしてるとぉ、特売セールが終わっちゃうので行ってきますね〜」


 美子さんは微笑みながら機嫌良さげに家から出ていこうとする。


「あっ、はい、行ってらっしゃい。気をつけて」


 俺はそのまま当たり前に見送りの言葉を掛けた。ただ、それだけなのに凄く驚いた顔をして、さっきよりも嬉しそうにしながら美子さんは買い物に向かった。


 そのまま、家に入りリビングに向かうと、美郁がソファで横になって本を見ていた。


「ただいま」


 何気なく声を掛ける。美郁とはあの日以来、記憶にあったギスギスした関係は改善されていた。


「おかえりって、アンタ誰?」


 まあ、こんなふうに偶に荒い言葉を使う時もあるが、相手を傷つけるような言葉は言わなくなっていた。


「いや、オレ、オレだよ」


「なに、新手のオレオレ詐欺って……もしかしてお兄ちゃん?」


 不審者を見る目がようやくいつもの妹の目に……戻っていない。なぜか、俺を見る目が輝く乙女の瞳に変わっており、ふらふらとソファから立ち上がると詰め寄って来た。


「その、あの、お兄ちゃんだよね?」


 恐る恐るといった感じで俺に問いかけてくる。


「おっ、おう。愛しのお兄ちゃんだ」


 変な雰囲気を誤魔化すため、冗談で言ったのが逆効果だった。


「うん、そうだね。僕のお兄ちゃんだ」


 美郁はそう言って、照れながら満面の笑みを見せた。


「…………」


 超絶美少女の無防備な笑顔なんて反則すぎるだろう。美郁は妹といってもある意味俺にとっては他人で、しかも見たことないレベルの可愛さだ。

 もし、俺が諒也の記憶を持っておらず、正巳としての彼女の記憶が無ければ、惚れていたかもしれない。それだけの破壊力ある笑顔だった。


「どうしたの、お兄ちゃん」


「えっ、あっ暑いなー、帰ってきたばかりで暑いなーって」


「あっ、大変。熱中症になるよ、お兄ちゃんは退院したばっかりなんだら、ちゃんと休まないと駄目だよ」


 美郁は慌てて俺の手を取ると自分の部屋まで連れてくる。


「落ち着くまで休んでて、冷房も入れておくね」


 半ば強引に横にさせられて気づく。

 別に美郁の部屋じゃなくて俺の部屋で良かったんじゃないかと。

 でも、俺の部屋には冷房が無いから、気を利かせて自分の部屋を提供してくれたのだろう、本当に優しく良い子だ。

 寝るつもりはなかったが、折角の好意を無下にするのも悪いと思い少しだけ昼寝をすることにした。


 その少しばかり寝入っていた間に、なぜか美郁が同じベッドに潜り込んでいた。


 いや、さすがに兄妹でも不味くね。


 俺は美郁を起こさないようにそっと起きるとベッドから抜け出す。


 愛らしい寝顔。きっと美郁も本当はお昼寝をしたかったのだろう、それを我慢してわざわざ俺のためにベッドを譲ってくれた。本当に良い子に戻った。


 俺はそのまま寝かせておくことにしてリビングに戻る。

 買い物から帰ってきていた美子さんがニヤニヤした表情で俺を見ていた。


「あらあら、もうお休みは十分ですか〜。気持ち良さげに寝ているリョウちゃんとミーちゃんは昔みたいで可愛かったですよ〜」


 いやいや、美子さん気づいてたなら起こして下さいな。いくら兄妹とはいえ年頃の男女を同じベッドに寝かせちゃだめでしょうが。そう言ってやりたかったが、美子さんの笑顔をみてると言い出せなかった。


 しばらくすると美郁も起きてきた。寝起きのせいか、少し不機嫌そうな表情で俺のところまで来る。


「お兄ちゃん、だめでしょう勝手に起きたら、ちゃんと休んでないと」


 どうやら怒っているようだ。でもあのときとは決定的に違う、今のは美郁は俺のために怒ってくれている。諒也に向けられていた、やり場のない感情に振り回された理不尽な怒りではない。

 病室の出来事を思い出す。俺の声が届いてくれたことで、美郁はすっかり変わって良い子になってくれた。例え本当の妹じゃないとしても、そのことが俺には嬉しかった。


「ごめん美郁。でもお陰で気持ちよく寝れたから大丈夫だ。ありがとう」


「そっ、そう、それならいいんだけど。だいたい起きたなら僕も起こしてくれれば良いのに」


「だって美郁が気持ち良そうに寝てたからさ、起こすのが可愛そうでさ」


「えっ、僕の寝顔見たの?」


「まあ、見たといえば見たな、昔と同じで可愛らしかったよ」


 記憶にある美郁の昔の寝顔と比較して褒めておく。


「うーお兄ちゃんのバカぁ、エッチぃ」


 まあ、たまにはこうやって本気で怒ることはあるけど以前の記憶からすれば可愛いものだ。


「ごめん、ごめん、ほら機嫌をなおしてくれ、今度プリンあげるからさ」


 記憶では美郁はプリンが好きだったはずだ。


「うー、うー、プリンいらない……だから、だからさ……昔みたいに呼んでよ、僕だってお兄ちゃんって呼んでるでしょう」


 上目使いで懇願する美郁。

 何となく言いたいことが分かった。

 諒也と美郁はすれ違い始めてからお互いを『美郁』と『クソ兄貴』と呼ぶようになっていた。

 でも、仲が良かった頃は『ミィ』と『お兄ちゃん』で呼び合っていたから。


「あー、そういうことか。分かったよ……ミィ」


 少し照れくさかったが、ここで下手をうって、治りかけた兄妹の関係を壊すわけにはいかない、美郁の期待通りに愛称で呼んだ。


「あっ、あっ、やっと、やっとお兄ちゃんが僕のこと……」


 どうやら俺の判断は正しかったようで、涙ぐみながら美郁が喜んでいた。


「ふっふ、良かったですねミーちゃん」


 それを観ていた美子さんもホクホク顔だ。


「うん、ママもありがとう。それからゴメンなさい。ずっとお兄ちゃんのこと信じるように言ってくれてたのに聞き分けがなくて」


 どうやら美郁と美子さんの間でも俺の知らない何かがあったようだ。


「……ふっふっ、本当に今日はいい日ね〜。今日は特別に二人の大好物作ってあげるから楽しみにしててね〜」


 美子さんはそう言って嬉しそうに夕飯の下ごしらえを始める。


「あっ、ママ、僕も手伝うよ、お兄ちゃんの分手伝わせて」


「あらあら、それじゃあ一緒に愛情込めて作りましょうね〜」


 ここ最近の諒也の記憶では見られなかった家族団欒な風景。本来なら異物である俺がここに居て良いのかと思わなくもないが、今は俺が居ないと成り立たないことも分かる。


 まあ、結局、今はなるようにしかならないだろうという結論に達し、俺も手伝いに混ざろうとしたら、キッチンに三人は多いからと追い出された。

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